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4話「倅(せがれ)」

「なんでこんなところに、人間の子供なんかがいるんだ?」

 少年に向けられた視線の意味は、疑問だった。

 いつも向けられている侮蔑や蔑みといった感情は一切ない。

 混じりっ気のない疑問だけだった。

 地面から体を起こし、恐る恐る後ろを振り返る。


 視線の主は筋骨隆々という言葉を体現したかのような人物だった。

 後ろでまとめた金髪からエルフ特有の耳が見えている。

 口周りには風になびくほどの金色の髭を蓄えているのを除けば、特徴的には間違いなくエルフそのものだ。

 しかし少年の目にはそうは映らなかった。

「ド、ドワーフ? なんでこんなところに……」

 遥か遠方にいると言われている種族の名前だ。少年の中にある知識と同じ鉱山に住み着き、鍛造と工芸に一生を捧げる種族の名前だ。

 非常に閉鎖的で保守的、種族の多くが同じ場所に居続け一生を終える。

 ほかの町で見ることが先ずない種族だとも教えられている。

 なぜそんなレア種族が、向こうから見れば辺境の地にいるのか? 

 そんな疑問が頭を埋め尽くす。


「この小僧、……俺のどこがドワーフだ! こんなにエルフらしいエルフは他にいないだろうが!!」

 大きくしゃがれた声。

 声の調子からもうかがえる豪胆な性格。そして酒精に焼けたような独特の音。

 周りを確認してもエルフという種族は筋肉を偏愛しているような体ではないし、まして髭を胸まで伸ばすような嗜好を持ったエルフは里にはいなかった。

 アーリンの認識は多少背の高いドワーフでしかなかった。

 そんなアーリンの思考を表情から察した大男は、一気に視線に乗せる感情を変えた。

 久々に浴びる侮蔑でもない蔑みでもない、純粋な敵意。

 アーリンにとっては心地の良い視線だった。

 つい口元が緩む。


「なんだ? 変な小僧だな。なんで人間の子供なんかがここにいる?」

 返答次第では、と表情が物語る。

「ここで育ったんだ、ここにいて悪いか!」

 間違いなく負けるだろう。下手をすれば死ぬことだってあり得る。

 神様には惨めでも生きろと言われたが、こんな自分を対等に扱ってくれる人物は初めて会った。

 そんな人物が敵意をもって来るなら、真っ向から立ち向かわないと失礼な気がした。

 アーリンは返礼するように敵意を乗せて男の目をにらみつける。


「人間がここで育つ……? ……っ! ああ! あのクソ婆のところの新しい倅か!!」

 アーリンの答えに納得したのか、男の目から敵意が消えたのをアーリンは見た。

「なんだ。こんなところでカメみたいに蹴られてるから、敵かと思ったじゃねーか」

 さっきとはうって変わって、破顔しアーリンの髪をかき回す。

 エルフだというこの男の行動は、アーリンの中にあったどのエルフの行動ともかみ合わなかった。

 あっけに取られて身動きできないでいるアーリンを顔を強引に自分に向けさせ男は言う。

「ちょうどよかった、あのクソ婆今いるか?」

 思わずうなずく。

「なら、ちょっと案内してくれ」

 そういってアーリンの襟を持ち、まるで猫のように運ばれていく。


 そんな特異な状況でも、少年に向けられる周囲の視線は変わらない。

 アーリンはそれを見て、男は肌で感じていた。


 ◇ ◇ ◇


「おーい、婆生きてるか? お前んところの倅が落ちてたから拾ってきたぜ」

「あら珍しい。死にたがりが本当に死ぬつもりなのね」

 婆と呼ばれた養母は、いつもとは違い攻撃のための精霊術を詠唱し始める。

「やめろって! 倅も巻き添えになるぞ」

「そんなヘマを私がするとでも?」

「チッ!」

 即座につまんでいた襟を投げ捨てて、身構える男。

「冗談よ」

 そういって養母は、精霊術を撃たずにかき消してしまう。

「あっ」

 思わずアーリンは声を上げる。また目の前で精霊が弾けて消えてしまった。

「あっ、……」

 養母は少年の表情を見て、思わず声をかけようとするが続かない。

 長い一瞬の静寂に耐えられず少年は家の外に走り出していく。


 そんなやり取りを見て、男は不審に思う。

 そして里の中での少年に向けられていた視線。

 その二つが意味するものに、男は行きつく。

「おい、もしかして」

「ええ、そうよ。あの子には見えているの」

「それでか、……おい婆。このままじゃいずれ……」

「ええ、そうならないように連れてきたのに」


 男は面白いことでも思いついたのように笑みを見せて養母に言う。

「俺のとこに通わせてみないか?」

「どうしたの? 里一番の変わり者が」

「あいつを守って、俺の望みもかなうかもしれない。そんな名案だよ」

 口元の髭を大きく釣り上げて大男は笑う。

 自分で口にするそんなあり得ない未来を。

「あなたの望みって……」

「あ? ああ、人間の子供にやり込められたってなれば、枝ぶりばっかり豪勢な低木どもも尻に火をつけるだろうからな」

「あなたの枝ぶりも相当なものよ」

 ベガは呆れた顔で満面の笑みを浮かべる大男を見ていた。


「くそ! 反応するなって! わかってるんだ……」

 少年の中、少なからず外見の数倍は生きている精神は理解できていた。

 自分の置かれた状況を作り出すに至った自分の言動を。

 国の違い、人種の違い、見ている世界の違い。

 それらをもってしても他者を否定していい理由にはならない。

 それを行った自分が責めを受けるのも納得はしないが理解はできる。

 もちろん、やり返さない理由もない。いつかの時に盛大な仕返しはするだろうということも、返り討ちにあって養母がまた要らぬ苦境を強いられるだろうということもわかっている。


 だからこそ、養母には見せたくはない顔があった。

 育ててくれている養母を責めるような顔を養母には見せたくはなかった。

 だが、少年の目には消えていく精霊の姿が見えてしまっている。

前世(いぜん)はどうやっていたんだっけ?』

 見て見ぬふり、少年の体となった今。心と体の反応が鋭敏になっているような錯覚に陥る。

 いや、事実鋭敏になっているのかもしれない。

 隠そうとしても隠せない。目に映るものへの感情が顔に出てしまっているのを少年は恥じていた。

 何度も何度も見ているうちに、気が付きたくないものにも気が付いてしまい、より少年の反応は敏感になっていった。

 少年の目には、消えゆく精霊の顔が一瞬、ほんの一瞬ではあるが苦痛に歪んでいるように映っている。

 いいように利用され、消えていく。そして何事もなかったように再び生まれてくる美しい存在。

 優しい養母がそれを行う姿は形容しがたい何かを少年の心に植え付けている。


「大丈夫、落ち着くんだ。笑って帰るんだ、家に」

 家からそうはなれていない茂みに隠れ、必死に取り繕うとしている少年の背中に声がかかる。

「よう坊主、こんなところで何やってるんんだ?」

 少年が振り向くと大男が立っていた。


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