48話「ゴブシング」
「いやー、なんで人種がこんな辺鄙なところまで来られたのか疑問ですが、コブリンたちと争わない人たちで、ひとまずは安心ですね」
緑の肌をした大柄な男は、やはり小柄な亜人たちと関係があったようだ。
彼の話を聞けば、ゴブリン種とは本来彼ら小柄な亜人と共生してきた者たちのことを言うらしい。
平均的な体格は人種と同様。個体によって差が出てくるが、極端に小さいや大きいと言ったばらつきは無くやや原始的な集落を形成し暮らしている。
食性としては肉を好むが、雑食性で集落では酪農を行いながらひっそりと人種とは交わらないよう生活を営んでいる。しかし、集落を形成できる土地というのは、どうしても似てくるようで人種の集落の近郊に集落があることが多いようだ。そのため、人種との衝突が起きてしまうこともあるため、一部のゴブリンたちは人種の言語を用いて争いが発展しないよう外交を行うこともあるようだ。
「たまにね、コブたちが人種のところから盗みをしてしまうこともあって難儀してはいるんですけどね」
たまに争いの種になるコブリンたちと彼らが共生しているのにも理由がある。コブリン自体は本来、酷く凶暴で人里を襲うことも多いという。加えて繁殖力高いため周囲の環境を著しく損なうということもしばしば起こる。どういうわけか彼らの生息範囲は人種とゴブリン種の生活圏からほど近いことが多く、起こったトラブルは肌の色が同じということもありゴブリン種のせいになることが多い。
そういう理由から彼らの頭数制限と無用なトラブルを未然に防ぐため、出した結論がコブリンたちを使役し集落の労働力とすることであった。
「いやぁ~、本当に焦りましたよ。まさかこっち側にくる人種の方がいるとは思いませんでしたから」
以前起きたトラブルの解決法として近隣の人種の集落とは密約がとりなされていた。コブリン含めゴブリン種は人里に接近しない代わりに人種もゴブリン種の里には接近しないという密約。
それが破られたのではないかと懸念したという。しかし、アーリンたちにとっては初めて訪れる土地で、近隣の集落もゴブリン種の存在を公言しなかったためそのような密約があるとは思ってなかったのだ。
「さて、争いが起きなかったのは大変喜ばしいのですが、残念ながらあなたたちがここにいるのは大変まずいことなのですよ。早々に立ち去っていただきたいのですが……そちらの狐のような巨大な力を秘めた存在をそのままにすることもできないわけです。かといって、このまま私たちの集落に案内するわけにもいかず……どうしましょうか?」
「どうしたも何も……ねえ?」
「釈明する場があればちゃんと説明はするんだけど」
ゴブリンが言うことも理解ができてしまうアーリン。今は狐の姿をしてるが中身は水の大精霊である。
神の眷属としての力は巨大で匹敵する力の持ち主をアーリンは知らない。
その鱗片を隠そうともしないハク。しかも今は空腹でコブリンたち同様凶悪な一面が表に出てきている。
ましてその凶悪な生き物を連れているのは、彼らとは違う種族なのだ。
警戒しない方がおかしい。
「わかりました。自分たちはここから動きませんので、誰か判断の出来る人を呼んできてくれませんか? その方にこちらからここに来た経緯を説明させていただきますので」
「あなたたちが逃げない、もしくはその狐を私たちにけしかけない、背中を襲わないと信じられる何かがあればそうしたいんですけどね」
「……ですよね」
もちろん、現状アーリンたちが襲われないという保証もない。数で言えば彼らのほうが多いのだから。
さあ困ったぞと双方の顔が曇る。
ハクはもう限界だぞという唸り声を漏らしている。
それが分かったのかはわからないが、アーリンがハクをなだめていると相手のほうから提案があった。
「あの、一つ手合わせしませんか? もういっそ闘って双方とも無事であるならある程度の安心になるのでは?」
「……なるほど!」
「え!? なんで?」
ゴブリンの提案に理解を示すアーリン。そしてなんで理解できたのかさっぱり理解できないマーファ。
「え? え? なんで? ねえ、なんで?」
「わからないかなぁ? 相手をぶっ殺せるチャンスがあるのにしなけりゃ敵意ないじゃん。簡単なことでしょ?」
「そうですよ! いやぁ~ご理解いただけて何より」
マーファを置き去りにして二人は距離をとる。二人の気が双方に向き充満してくると、コブリンたちは隠れていた者も飛び出し、二人をあおるかのように声を上げる。
その声は次第にメロディーとなり、まるで祭かのような雰囲気を作り上げていく。
「止まらないし、止められないか。ハクこっちおいで」
姉弟子もあきらめたようにコブリンたち作る輪の中に避難する。
向き合った二人は対照的だった。
両足を付けたままの静かな構えのアーリンに対し、ゴブリンは両足をまるでコブリンたちの旋律に合わせる様に小刻みに入れ替えながらステップを踏んでいる。
両手は拳を握りオープンスタイルで構える姿に、アーリンは前世の記憶が呼び起こされる。
「……もしかして、ボクシング?」
「ほう! 知っていましたか。これは古より伝わるゴブリン流ボクシング! その名をゴブシングといいます」
そう言いながら、ゴブリンはするすると距離を詰め左手を前に突き出す。
ヒュッっと風切り音を鳴らしながら、ゴブリンの拳がアーリンを襲う。
アーリンは半身になり、ゴブリンのリードブローを躱し懐へと飛び込む。それを予想していたかのような右拳がアーリンへと振り下ろされる。
まるで引手と同じ軌道をたどるかのような美しい1・2。アーリンは辛うじてブロックするが体格差が生み出すパワーに押され元の位置に戻される。
「マジで拳闘じゃなくボクシングなんだな」
アーリンの口に鉄の味が広がる。ブロックの上から口腔内の出血をさせるほどの威力込めたストレート。スポーツ力学を取り込んで進化したボクシングがそこにあった。




