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44話「教育的指導」

「なんだなんあ? もめごと喧嘩はこの俺ルーディッヒ様に預けてもらおうか!!」

 その男が現れると、周囲の悪意が恐れがほんの少しだけ和らいだのをアーリンは見逃さなかった。

 アーリンは思う。きっとこの男はこの街で仲裁役や顔役といった感じなのだろうと。

 ならば双方から話を聞き、誤解を解いてくれるのだろうと。

「聞いとくれよ!!」

 アーリンとマーファを取り囲む囲いが解けるのを待たず、老婆は自分の正当性を情に訴える様に男に何度も何度も説いていく。

 その主張は余りにも身勝手で、そして誇大妄想に囚われたばかげた話だった。

 囲いの中の何人かもそうではなかったはずと疑念を投げている。

 しかし老婆の勢いは止まらず、囲いの数人は呆れて帰るまで続けられた。


「わかったわかった。ばあちゃんもう大丈夫だ、なんせ俺様が来たんだからな」

 そう言いながらルーディッヒは自分の胸板を叩き、アーリンたちのほうを厳しい目でにらみつけるのだった。

「おうおう! エルフの縁者かなんか知らんけどな、この街で無法を働こうとはふてぇ奴らだ。ちょっと痛い目を見てもらうことになるぜ」

 そおう大見得を切って手にした棒切れをアーリンのほうへ向けるのだった。

「マハ姉? 何あの生き物?」

「知らないわよ。はあ、銀貨1枚損したぁ」

「はあ!? くれてやる気なの? なんで?」

「騒ぎを大きくしてどうするの? 行くわよ」

 マーファは闘気を全身に巡らし、建物の屋根を視界に入れる。

 取り囲まれた通りを逃げるより多少目立っても屋根伝いに逃げる方が確実と目算したらしい。

 次いでアーリンも全身に闘気をまとう。

 それは逃走のためでなく、目の前でいつ飛び掛かってくるかわからない男を迎撃するための準備だった。


 アーリンの行動に気が付いた姉弟子がアーリンを止めようとしたその時、彼等の衝突は始まってしまった。

 ルーディッヒの持つ棒がアーリンの横を風をまといながら通り過ぎていく。

 アーリンは手業での防御ではなく足による回避を選択。相手の力量をつぶさに観察していく。

 棍術にしては獲物が短く、杖術にしては長い。

 槍術なんだと理解がアーリンに落ちてくる。

 しかし、ただの槍術というにはなぜだろう? 違和感をぬぐえなかった。

 幾度かの攻防の末、アーリンは相手の懐まで到達する。

 記憶の中にある、エルフたちが使っていた槍術であれば近距離戦で石突を交えた回転力にモノを言わせた攻防が待っているはず。そう考えたアーリンに見舞われたのは短く持ったまま突き出される穂先。

 おかしい。

 未知の武術に対する興味が顔をもたげてくる。

 ただそれもアーリンの中から湧き出る嫌悪感と怒りが、武術への興味すら失わせていく。

(ああ、嫌だ。思い出させるなよ)

 アーリンの脳裏に浮かぶ、エルフの里での日々。

 言い分も態度も良くなかった、それは理解できる。

 しかしその理由を聞かない大人たち、そしてそれに便乗した子供たち。

 その表情に似た表情を目の前の男が浮かべている。


 ずるりと這い寄る黒い感情に向かって、アーリンの拳が伸びる。

 目の前の男が手に持った棒で、アーリンの拳を受けたのが見えた。

 たわんだ棒の張力が、アーリンのほうへと帰ってくる。

 ふわりと足元がおぼつかなくなり、店先にある商品へと飛び込んでしまう。

「どうだ!? 参ったするか? 小僧」

 勝ち誇ったような表情を浮かべるルーディッヒに沸く観衆。

 その観衆たちがアーリンへ目を向けると、そろって息をのむ。

 アーリンのその冷たい目になにかを感じたのだろう。


「もういい、わかった」

「ようし! じゃあ2~3発殴られて帰るんだな」

「そうじゃない、お前の得物も力量もわかった。今なら無事に帰してやる」

 アーリンの言葉に冷笑を浮かべ、ルーディッヒは腰を落として穂先を挙げる。

「お前のそれは対人戦闘に作られたのもじゃないだろう?」

 アーリンの言葉にルーディッヒの穂先が揺れる。

「狩猟用の槍を模した棒切れに、根が生えたかのような脚運び。獣と人なら人のほうが遅いもんな、迎え撃つためには抵抗力は高い方がいいだろうな」

 再びルーデリッヒの穂先が揺れる。

「加えて街の人がお前に向ける視線の種類、それは尊敬でも畏怖でもない。」

 アーリンはルーディッヒの扱う武術のそれを看破した。

 エルフたちを相手にしてきた幼少時代の経験と、師匠に鍛えられた数々の武術の知識。

 何よりアーリンの持つ万能眼が、その動きの詳細を見抜く。

 そして導き出した答えは、狩猟術。

 何よりアーリンはルーディッヒの本質を見抜いていた。


「もめごとに対して嬉々として首を突っ込んでくるのは、正義感からじゃないんだろう? お前の目線に宿ってるのは加虐心。要するに大義名分を得たいじめがしたいんだろう?」

「そんな訳!」

「無いのか? 本当に? お前が首を突っ込んだ喧嘩の中に武術をかじったやつすらいなかったんじゃないか?」

「それは……」

 それ見たことかと、アーリンは鼻を鳴らす。

 ルーディッヒの穂先は彼が気が付かない動揺を如実に表していた。

「武術をいじめに使おうなんて……本当に嫌なことを思い出させてくれたよ、お前は」

 アーリンは改めて構える。その拳にははっきりと意思が乗せられていた。

 対峙しているルーディッヒ目には、それがはっきりと映っていた。

「あんたの師匠の代わりに、俺が指導をくれてやる。これは教育的指導だ」

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