43話「エルフの縁者」
「信じられない、本っ当っっに! 信じられない! あの一日はなんだったの?」
「だから、ごめんって言ってるじゃん。ほら、守衛さんが笑ってるじゃん」
口論しながら近寄ってくる二人を年老いた守衛は、笑顔で出迎えている。
「やあ、お二人さん。あそこのかがり火は君たちだね? 歓迎するよ、ようこそ我らが街へ」
マーファの知識のおかげで守衛の二人に対する印象は、好印象からはじまる。
「若い旅びとは色々と用立ててくれるだろうから歓迎だが、もめ事を持ち込まれるのは困るからね。どうしたんだい?」
人の良さそうな老守衛は口論している二人の和解にひと役かって出てくれるようだ。
「いやぁ~、ちょっと黙ってたことがあって……バレたら怒られちゃいましてね」
「それは良くなかったね、夫婦にとって秘密は厳禁だ。もし秘密にするなら墓場まで持っていく覚悟が必要だよ」
「夫婦じゃないです!」
老守衛の言葉を即座に否定するマーファ、それに反してアーリンは和んだ様子で雑談に応じている。
「それにしても、『予告のかがり火』なんて古い風習よく知っていたね? 誰に教わったんだい?」
「え? 彼女が」
「ああエルフか、それで。今は彼らみたいに『接して荒らさず』といって街の近くで野宿するのが主流でね」
見れば街の外壁の周囲には、ちらほらと野営の始末をしている人々の姿が見える。
そしてアーリンが振り返ると、老守衛の言葉にマーファは耳まで赤くなっている。
「まあ、どちらでも街に害がないならいいんだけどね。通行料は二人で銀貨1枚だよ」
マーファは銀貨を守衛に渡すと、そそくさと街へと歩を進める。アーリンもそのあとをついて行く。
「良かったね、森の外のことが知れて」
アーリンの言葉にマーファの耳はさらに赤くなるのだった。
「はい、確かに。改めてようこそ我らが街へ……お嬢さん、気を悪くしないでほしいんだがね。耳は隠しておいた方が面倒がないよ」
年老いた守衛は目を伏せながら、マーファへ言葉をかける。
それは忠告。だが、地面へと落とす視線には罪悪感に似た感情が籠っているのをアーリンは不思議に思いながら視ていた。
忠告を聞きマーファは髪をまとめ、長い耳を覆い隠す。
アーリンはのほうを向き、隠れているかを確認するマーファ。
アーリンはマーファの目を見てうなずき、老守衛に会釈をして門をくぐる。
町と外界を隔てる門をくぐると、そこには活気に満ちた通りが広がっていた。
先日の王都には劣るが、それでも王都からほど近い街だけあって人の流れも商店の数も都会と言って過言のない賑わいを作っている。
軒先に並べられた商品をマーファは熱心に観察する。
たった数日の旅路であったが、どの程度食料を消費しこれからの行程を考えると何がどの程度必要なのか予測を立てながら店を回っていく。
「んー、駄目ね。高すぎる。……こっちも駄目、あ、これは……仕方ないこれで手を打っておくか」
「随分と時間かけるね」
「仕方ないでしょ、こっちのお金は限りがあるんだから」
マーファに見せられたお金を入れてた革袋は、旅を始める時と比べてかなり薄くなっている。
旅を初めて早々に、アーリンたちは金銭問題に直面することになった。
「食料ってそんなに買い込む必要ある? 手持ちもそれなりにあったよね?」
「この子の胃袋に消えたわ」
マーファはハクを指さし答える。
「え? 肉節だって結構持ってきてたはずだけど……」
エルフの森で必死になって制作していた、アーリン苦心の作。旅のお供として持ってきた自慢の肉節。
そういえばとアーリンは思い出す。
昨晩のスープに肉節らしき味わいが欠けていたのを。
「もしかして……」
「もう全部この子のお腹の中」
アーリンの見ていない間に骨ガム的にハクがかじっていた事をアーリンは知らない。
結構な量を持ってきたにもかかわらず、もうないのである。
ハクを睨むが、ハクは悪びれる素振りもなくのんきにあくびをしている。
怒る気も失せたアーリンはしかたがないと声を出す。
「無いならまた作るか」
「アーリン、それ却下」
「なんでさ!」
「あれ作のにどれくらいかかる?」
アーリンは工程を思い出しながら指折り数えていく。
「無理すれば20日かな?」
「この子の食事量考えると、この街に定住することになるわね」
「そんなぁー」
アーリンは肩を落とし、ハクを睨みつけるがハクはさも自分には関係のないとでもいうように、大きく口を開けあくびをしている。
「すいません、これとこれ……それとこれもお願いします」
姉弟子も姉弟子で落ち込むアーリンをよそに買い物をはじめる。
店主と思しき老婆に代金である銀貨を手渡した瞬間、それは始まった。
他の客に呼ばれ、奥から店主の息子らしき男が、表に出てきた。
マーファの横を通り過ぎる男の肩が、マーファの髪を揺らし彼女の特徴的な耳が外に出てくる。
それを見た老婆が、奇声を上げて自身の身を守るように後ずさる。
「エ、エルフ。あんた……エルフが、エルフがなんでこんなところにいるのさ!!」
姉弟子を見る周囲の目が、途端に悪意のある目線になっていくのをアーリンは見ていた。
「え? え?」
戸惑う姉弟子に突き刺さるいわれのない悪意。
アーリンは一番の悪意の視線を遮るように、老婆と姉弟子の間に立ちはだかる。
「なんだいあんた! エルフをかばおうって言うのかい!!」
老婆の視線が、アーリンの胸元に留まる。
「あんた、その紋章……っ! みんなこの子はあの女狐エルフの縁者だよ!!!」
まるで仇敵を見つけたかのような声で、周囲をたきつけ、アーリンへ罵倒を繰り返す老婆。
「もういい、別の街で買い物するからそれ返せよ婆さん」
アーリンは訳も分からずぶつけられる悪意に、辟易としてこの場を立ち去ると提案する。
アーリンが銀貨を取り戻そうと老婆に手を伸ばす。
「ひっ! 助けて!! 殺される!!!!」
まるで自分こそが被害者だとでも言うように、アーリンが暴漢であるかのように周囲へ助けを求める老婆に、周囲にいた男たちは反応していた。
取り囲むようにまるで統一された意思でもあるかのように、男たちはアーリンとマーファににじり寄っていく。
「はあ、何こいつら? 何見てたの?」
「ちょっと、アーリン! ダメだったら。あなた手加減下手なんだから!」
アーリンが踏み出し、マーファがアーリンを制止する。
取り囲む男達は、じりじりとその距離を縮めてきていた。
「よー! なんだいもめごとかい?」
場違いな陽気な声が、場に落とされる。
「なんだったら、その喧嘩俺が預かるぜ?」
茶色い毛をひさしの様にまとめ長い棒を担いだ男が、取り巻きを従えながらアーリンたちへと歩み寄ってくる。
まるで何かおもちゃを見つけたか少年の様に、楽し気な視線をアーリンに向けていた。




