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36話「無礼講」

「お~」

「はぁ~」

 馬車から降りたアーリンたちは、空まで伸びた建物を見上げ開いた口から音だけを漏らす。

 門からまっすぐに伸びた道の先にあった大きな建物が、二人の目の前にある。

 この世界に転生して、森に住み着いていたアーリンはもちろん、外界で育ったマーファもここまで凝った建物は初めて目にする。

 確かにアーリンの記憶では、これ以上に荘厳な建物の存在があることは知っている。

 しかし、実際眼にした迫力には勝てなかった。

 天井は必要が感じられないくらい高く、通路は贅沢極まりないぐらい広い。

 目につく柱も統一された彫刻が施され、床は本当に人が歩いているのか疑わしいほど磨かれている。

「ささ、こちらでございます」

 そう言って、アーリンたちを促すお偉いさん。

 聞けばこの国、クラウロース王国の宰相という立場らしい。

 なぜそんな重鎮中の重鎮が二人の迎えに? そう疑問を浮かべるが養母の立場を考えればあるのかもしれないと納得するほかなかった。

 

 圧倒され、促されるままに宰相の後に続くアーリンたち。

 カツカツと自分たちの足音しか聞えてこない。

 アーリンの眼にも、自分たち以外の視線は見えていない。

 護衛もなく重鎮が歩いていることにも驚きだが、さもそれが自然なことであると背中で語る目の前をゆく宰相にも驚きが隠せない。

 この国は掌握できていると、無言で語っているかのようだった。

「ねえ、王様に会うのにこの格好でいいの?」

 マーファが小声でアーリンに質問を投げかける。

 相手は権力者、エルフとの領地と接しているにもかかわらずこうも大きな城を建設する、その代表者。

 万が一粗相があれば、国際問題となりかねない。しかもエルフは自分たちを快くは思っていないのは明らか、助けなど来るはずもない。

 ましてアーリンに関しては、これ幸いとアーリンとその養母も切りにかかるだろうことは容易に想像できる。

 マーファの胸中は不安で満たされていた。

「大丈夫だろ、きっと。呼んでおいてふさわしくないとか言わないだろ、普通」

 アーリンの胸中は別の物にざわついている。

 全く初めてみるこの城の雰囲気。匂い。

 それらが何故か、心ではなく体が懐かしさを感じている。

 この世界で初めて見た、あの精霊たちの祝福よりも親しみやすい何かを感じている。


 ◇ ◇ ◇


 しばらく案内されるまま歩いていくと、ひとつの扉が目の前にあった。

 天井から考えると、あまりに小さく、歩いてきた距離を考えると、あまりに奥まった一つの部屋に。

「こちらは王の私室になります。王も無礼講で構わないとの御言葉を発していますれば、どうぞごゆっくりと」

 そういって、宰相は扉を開けて二人の入室を促す。

 自身は扉の外にいることから、同席しないつもりらしい。

 身元が分かっているとはいえ、ハーフエルフと人種という怪しい取り合わせの二人組を護衛もなく私室に呼ぶ王とはどのような人物なのか?

 二人は意を決して、入室を果たす。

 部屋と呼ぶには、なんとも広い空間があった。

 普段仕事をしているであろう机に、山ほどの書類を乗せたままこの部屋の主人はそこにはいなかった。

 果たしてここに呼ばれた意味は? そんな疑問のまま恐る恐る窓辺まで足を運ぶと、テラスに二人の男女の姿を見つける。

 あれがこの国の王なのだと、一目でわかる。

 言葉を発しなくとも見ただけで、膝をつきたくなるような威厳がそこにはあった。

 まるで威厳が服を着て佇んでいるかのような、まるで絵画のひと場面であるかのような錯覚を受ける。

 誘われるようにテラスへと足が動いていく。

 

「おお、よく来られた。ようこそ我が国へ」

 そういって会釈をする姿は、先ほど感じた威厳はなく優しく柔和な笑顔と携えている。

 寄り添う妃も王に倣い会釈を二人に向ける。

「新緑の貴婦人の養子でアーリンと言います」

「アルテア・ポーラスシュテルンの姪のマーファです」

 二人はそれぞれの思いを胸に会釈を返す。

「おお、あの名高き武人であるアルテア殿の姪であるか、なるほど精悍な顔だちは叔父譲りだな」

 王がマーファに師匠の話を聞いている間、妃はしきりにアーリンの様子をうかがっている。

 そして王自身も話をしながらもアーリンの一挙手一投足を見逃すまいという視線を向けている。

 警戒されているのだろうか?

 アーリンはそう思いながらも、違うことがわかっていた。

 二人の視線には警戒の色ではなく、親愛に近い色が込められている。

 なるほどとアーリンは納得してしまった。


 城に入った時から感じていたあの体がざわめく何か。

 それが何なのか、目のまえの二人を見て答えが出た。

(血は水より濃いか)

 そしてその答えを口にしないまま、4人の歓談は過ぎていく。

 時折、妃の眼に涙のようなものが見えたが、それに触れることなく時間は過ぎ去っていった。


「ああ、もうこんな時間か。どうだ? 一晩泊っていかないか? 子供たちにもエルフの里の話を聞かせたいのだが」

 王の提案に少し渋る様子のマーファ。

 話している間中、緊張した様子で受け答えしていたのもアーリンは知っている。

 しかし、王の子供という話に興味がわいた。

 いや、それも血が求めたのかもしれない。

 アーリンはマーファに心で謝りながら王の提案を受けたのだった。

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