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35話「怖い」

 夜が明けて4人の元追いはぎたちは、エルフの里でも王都でもない方角へと歩いていく。

 アーリンが示した贖罪の地を探しに、歩き始めた。

 誰も振り返りはしない。

 ただ待っているであろう後悔の先が、その眼には映っているのかもしれない。

「ねえ、ちょっと甘すぎなんじゃない?」

 マーファは責めるような視線をアーリンに向ける。

 この世界での常識を知るマーファの感覚で言えば、アーリンの仕出かしたことも十分罪と言える。

 物取り野盗の類に温情を与えるのは、次なる犠牲者を呼び、対価は物だけにとどまらない。落ちた人間はどこまでも落ち、対価を命で誰かが払わないといけない。

 甘いというマーファの評価も十分に甘いと言える。

 この世界にはまだ、更生という言葉はあまり知られてはいない。


「なんかちょっとね。怖いって言うかさ」

 しかしアーリンの認識するこの世界。それは人の想いでどうとでも変化する余地を残している世界といえる。

 だとすると、あの4人の命を奪ったその瞬間。心に浮かぶであろう怨嗟の声を世界が拾わない保証がない。

 世界を変える、世界を救う。

 そんなお題目のこの旅よって、世界が終わらせられる。そんな可能性もあるのではないか?

 自分の行うその行為に対するリスクが、アーリンには怖い。

「……」

 マーファにはアーリンの考えがいまいち理解できないでいた。

 しかし、あの4人は行ってしまった。

 もう影すら見えることはない。

 だというのに、アーリンの表情には未だに恐怖が残っている。

 あそこまで実力を示したアーリンが何に怯えることがあるのだろうか?

 そしてなぜこうも怯えているのに、大精霊のために危険な旅に出ていく決心ができたのだろうか?

 何時か自分に秘密を明かしてくれるのだろうか。

 スッキリとしない何かが、二人の心に残る。


 ◇ ◇ ◇ 


 王都セスルファム、王都として都市防衛に優れた街である。

 何よりエルフの里のある北側の門は、ひときわ高く豪華なつくりとなっている。

 それはエルフに対し、人種の技術を見せつけるだけでは無くエルフへの警戒心を忘れてはいないという無意識の表れであった。

 その北門でちょっとした騒ぎが起こっていた。

 エルフの重鎮である新緑の貴婦人の印章を身に付けた、人種の子供がエルフを伴って現れた。

 そんな騒ぎがいろいろな憶測と共に、王都に駆け巡る。

 そうとは知らない二人と一匹は、門の詰め所でかれこれ半時を過ごしている。

「いつまで待たされるんだろう?」

「おばさんも印章使ってるのが、逆に問題になってるんじゃない?」

「? どういうこと?」

「冷静になって考えてみればさ、アーリンの姿でエルフの重鎮の印章使ってるっておかしいのはおかしいのよね。他人から見れば」

 アーリンにとって当然のことではあるが、他人の目線というアーリンが目にするものとは少し違う物の見方がアーリンの視点からは抜けていた。

 その指摘をしたところで、アーリンたちがいる部屋に兵士が入ってくる。

 その身なりはしっかりとしていて、視ただけで末端の兵士ではないとわかる。

 

「いやいや。そこまでわかってもらえるなら、こちらとしてはありがたい」

 アーリンたちを不必要に刺激しないよう、張り付かせた笑顔は印象はいい。

 しかし、その視線はアーリンたちをどう扱うべきか不安の色に染まっている。

「正直話してしまうとね、君たちの言葉を信じて街に入れてしまうのがいいとは思っているんだよ」

「だったら……」

「けどだ。万が一君たちが、あのご婦人から盗みを働ける人物だとしたら一大事だろう?」

 エルフから盗むという行為、それの意味するところは二つある。

 窃盗の事実を気が付かせない技術に長けた大泥棒。もしくはエルフの実力者を葬って物を奪ってきた腕の立つ危険人物。

 どっちだとしても、エルフの里から追手が放たれているのは確実。

 一応エルフと友好を保っている国としては、エルフに協力しない理由がない。

 ならば、こうして侵入しようとしている今が、一番事を荒立てず身柄を確保できる絶好の機会ではある。

「だから、もう少し協力してもらいたいんだよ」

 兵士の感覚ではそろそろ事情を聴いた上位者が、城から来る頃合いだ。

 ここらで、留め置いた事情を話しエルフの関係者と思しき人物にもゴマをする時間帯となる。

 

 長年門を守ってきた兵士の眼にもここにいる人物からは、怪しい人物の雰囲気を感じはしない。

 しかし、武をかじった兵士の眼にはこの二人が相当な実力者であることは感じ取れている。

 自分との実力差を考えれば、二人の相手は難しいものとなる。

 事を荒立てるのは得策ではないと考えている。

「ほら、城からの判断が来たようだ」

 そういって、扉の向こうの気配をたどれば、やけに慌ただしい物音と声が聞こえる。

 外にいる兵士たちの緊張も伝わってくる。

 ドタドタと重い足音は、そのままの勢いで扉が開かれる。

 先ほど話していた兵士も姿勢と正し、凛とした敬礼を捧げる。

「こちらがそうか?」

 息を切らせながら、入ってきた人物は兵士に確認をとる。

「はっ!」

 肯定だけした兵士の視線は、入ってきた人物から逸れ中空で留まる。


 息を整えながらもアーリンたちを観察する目線が、目の前の人物から注がれる。

 見るからに身ぎれいに整えられている服装、慌てていたにもかかわらず乱れていない髪。

 長い間肉体を使った労働とは無縁であっただろう体型。

 国の重鎮がお出ましになったのが、アーリンたちにも察することができた。

 アーリン立ち上がり頭を下げると、マーファもそれに倣って頭を下げる。

「おお、ようこそいらしてくださった。かのご婦人の関係者をこのような場所に留め置いたこと誠に申し訳なく」

 どうやらあらぬ嫌疑がかかることはないようだと、二人の警戒も解かれる。

 それを察したように、ハクも伸びをして移動の準備にかかる。

 お偉いさんから印章を返却してもらい、さあ、買い出しだと歩き始めるところをまたも止められる。

「我らが王はかのご婦人とも親交厚い間柄、ぜひともお二人にお話を伺いたい承っておりますれば、ささ、こちらへ」

 返答も聞かず両脇を兵士に固められて、詰所の出口に横付けされた馬車に押し込まれる。

 あまりの手際に、アーリンたちは呆気にとられたまま城へと連れ去られてしまう。

 歩かなくって良くなったハクは、馬車の中アーリンの足元で再び丸くなっている。


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