33話「水刃撃」
「全部で何人?」
「ちょっと多いな、8人だ」
「39人狩りが何言ってんの!」
「あれは実質一人だったから、それに……39じゃキリが悪い」
そんな軽口を言いながら、二人は徐々に速度を上げて茂みへと向かう。
敵対者の動揺が視線に現れる。
まさか襲う前に反撃に転じるとは思っていなかったようだ、アーリンはそんな風に考えていた。
しかし、そうではなかった。
視線の動揺が、一瞬で恐怖へと塗り替えられていく。
そして視線の主が2人減ったのを確認すると、アーリンは戦闘速度であった己と姉弟子を押しとどめる。
「マハ姉!! 様子がおかしい、止まれ!!」
その声を聴いて、互いに砂埃を上げながら両足で大地をつかむ。
二人は視線を合わせうなずくと、警戒の度合いを引き上げ闘気術で全身を覆い、茂みの向こうの狂騒に耳を傾ける。
「ば、化け物!」
「たすけて! たすけっ!」
男たちの声が、懇願が聞こえてくる。
必死に命乞いを始めている。
いったい誰に?
本当の戦闘状態となったアーリンと姉弟子は、回り込むように二手に分かれ茂みの向こうへと足を踏み入れる。
そしてそこに広がっていた光景に、驚愕し絶句した。
二人は思った。
声が聞こえた時点で、逃げるべきだったと。
そこにいたのは、大蛇だった。
確かに大蛇ではあるが、聞こえてきた化け物という感想は正しかった。
自分たちの頭の位置の数倍以上離れた位置に持ち上げられた鎌首。
人の足のようなものが、今ゆっくりと飲み込まれていく瞬間をアーリンたちは目にしていた。
周囲を確認すると、8つあった視線は4つに減っている。
「……た、助けて」
今襲う予定の人間に対して、おおよそ言わないであろう言葉も出てくる。
この短時間で4人もの見込まれれば、目に映る物なんにでも助けを求めてしまうのだろう。
しかし、その言葉はアーリンには届かなかった。
アーリンの頭の中には、この場からすぐにでも逃げるべきという警鐘が鳴っている。
そして姉弟子を確認したところで、後悔が浮かんでくる。
姉弟子は恐怖で足を震わせている。
彼女は自分の手の届かない範囲にいて、しかし無防備に子供のように震えている。
なんでそんなことになっているのか?
答えは簡単で、いつか見たあの凶気をまとった狐の様だった。
大きさも、種族もまるで違う。だが、その場を支配している空気は、まさに命だけを標的にした重い空気に支配されていた。
足元にいつの間にかいた、白毛の大精霊を宿した狐も威嚇をしている。
これはアレだ。
森に居た魔物のような、魔石を宿した生物だ。
アーリンは恐怖に飲まれないよう、必死に声を出す。
努めて軽く、さも冗談であるかのように。
「よう、アレはこの土地の固有種かい?」
「え?」
助けを求めていた追いはぎの一人が、アーリンの言葉に反応した。
応えではなく、あくまで反応できたということでしかない。
しかし、アーリンの求めていたものである。
場違いな言葉に、あまりに場違いな言葉に呆ける顔。
それを見たことで、アーリンの周囲の空気は一変する。
飲み込まれかけていた重い空気が、エアスポットのようにその支配から逃れた。
それを感じたアーリンは、再び闘気術をまとい大蛇へと走り出す。
そして渾身の突きを一撃。
大地を踏みつける重い音の後に、大蛇を後方へと押しやる強い衝撃音。
高々と持ち上げられていた鎌首が、大地へと落とされる。
大蛇にとっては思いがけない一撃だったろう。
そしてその一撃は、その場にいた者を現実へと引き戻した。
4人はおぼつかない脚で、必死に大地を蹴って走り去る努力を始める。
残る一人は、恐怖を飲み込み闘気術で身を覆い武器である布に闘気を流し込む。
アーリンに目来を定めようとする大蛇の横っ面に姉弟子の布槍術が突き刺さる。
激しい音が鳴った。
しかしそれは致命的ではなかった。
弾かれた頭と体を瞬時に動かし、大蛇はマーファと向き合うように身体を動かす。
マーファの一撃は大蛇を動かす一撃ではあったが、その鱗に阻まれ肉へのダメージには至らない。
反撃とばかりに大蛇の口が大きく開かれる。
その空間ごと飲み込むつもりかのように、果てしなく大きく巨大な口が広がる。
「神の名と変革者の名において願い奉る。水の刃を我が前に」
アーリンの言葉に反応するように、腰に下げた魔石から力が流れアーリンの眼前に集中していく。
集中した力はアーリンの願い通りに水へと、水の矢じりへと形を変える。
「水刃撃!!」
アーリンの拳に乗った力が水の矢じりへと伝達される。
アーリンの詠唱を聞くと、マーファは後ろへと飛び去る。
それを追うように、全身の力を推進力にした追撃が大蛇から放たれる。
そこにアーリンの魔法が通り過ぎる。
大蛇の頭部は大地に引かれ、突進をしていた胴体にはじかれる。
胴体は木々をなぎ倒し、その先でもがき苦しんでいる。
おびただしい血とその身に有していた内容物が、あたりに振り撒かれる。
「頭注意ね、マハ姉」
「わかった」
そういうと、マーファは背にあった弓を闘気術と渾身の力で引き絞り身動きの取れない、ただ口を開閉するだけの大蛇の頭部に複数本の矢を打ち込む。
大蛇の眼から生気が消えうせる。
それを確認したアーリンは姉弟子と同様、背にある弓を番えて幾本か打つ。
「あんたら、何逃げようとしてるんだ?」
追いはぎたちの逃走中の足元に打ち込まれた矢は、逃げることができないのだと、裁きの時が来てしまったのだと言っていた。
藪の中から青い顔の4人が姿を現した。
その顔は裁きを、死を受け入れざるを得ないと後悔の念があふれていた。
「おーい、あんたらも手伝ってくれよ」
アーリンの口調は4人の表情とは違い、非常に明るいものだ。




