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32話「まだいるの?」

 アーリンとマーファ、そして水の大精霊が憑依して白く変色した狐が街道を歩いている。

 アーリンの養母ベガが、旅立つなら必要なものをそろえる様にと渡されたお金を携えて。

「なんでセスルファムに寄れなんて言ったのかな?」

 ベガが旅立つ前に言った言葉を、マーファが疑問として繰り返す。

 王都セスルファム、エルフたちの暮らす森と隣接した国の首都だということはアーリンたちも知っている。

 森からわずか3日とまさに隣接した都市ではある。

 新緑の貴婦人たるベガが、最も懇意にしている国ではあるが他種族の、まして武力を誇るエルフの住処と隣接した首都とは普通の感覚を持った国では考えられない狂気と言える。

「なんか、旅に必要なものをそこでそろえろってさ」

 確かに王都として機能しているセスルファムには、エルフの里では考えられないほどの物資が行き交いしている。

 だが、最も近い町かと言えばそうではない。

 森の直ぐ近く、1日の距離にそれなりの町もある。

 

 そこはエルフとの交流により発展してきた町で、外界と積極交流の少ないエルフの工芸品やエルフの森やその奥に広がる山の幸を取引しているため、それなりの商店が並んでいる。

 養母は、なぜかそこではなく少しだけ離れた王都に行けと言っていた。

 不思議ではあるが、養母の言葉を疑うほどではない。

 それに。

「出入り自由の街のほうが楽だろうからってことじゃないの?」

 アーリンに餞別として渡された、マントとバッチ。

 それがあれば、少なくとも王都への出入りは保証されていると養母は話していた。

 そのバッチには、弓と3本の矢の意匠が施されている。

 その意匠は新緑の貴婦人たるベガを表す意匠となっている。

 

 外交官としての顔も持つベガが、人種の貴族が家名を象徴する使用を使っているのに倣って使用している意匠だ。

 マントのほうは旅なら雨具代わりにしろと渡されたもので、姉弟子であるマーファとおそろいの物だ。

 おそろいとはいっても、紺色に染められただけのシンプルなものだ。

 しかし、アーリンは変に柄が入っていないこのマントをそれなりに気に入っている。

「で? まだいるの?」

「ああ、昨日から変わらずいるよ」

 アーリンの眼には、街道沿いの茂みに続く一本の線が見えている。

 それは人の視線。

 軽装の少年少女を心配している様子はなく、アーリンにとっても初めて見る感情が籠っている視線だった。

 

 なんとなく予想はできているが、王都の直ぐ近くでそんなことをする輩がいるとはにわかに信じがたいと、アーリンが様子見を提案したのだが。

「やっぱり追いはぎじゃないの?」

「えー、だってこの街道は王都とエルフの森をつなぐ道でしょ? そんな無謀なことするやついる?」

 王都と言えば普通は周辺を警備している軍隊がるだろうし、エルフに手を出すことがどういう意味になるか知らない輩がいるというのもおかしい。

 エルフがご近所とはいえ、そのエルフは国外の人間なのだからそれを襲ったら国自体がせめられることに気が回らないのがおかしいというのが、アーリンの考えだ。

「ん~、意外と無謀でもないんじゃない?」

 しかしマーファはそう考えてはいないようだ。

「街道って言っても林を切り開いただけだし、近くに川も流れてる。奪って逃げるだけなら勝算ありって考えてもおかしくないんじゃないかしら」

 王都の周辺には、穀倉地として整備されている場所もあるが全てではなく手付かずの場所もある。

 そして穀倉地に水を引く川もあり、それを駆使することで十分逃げることができるというのがマーファの考えだった。

 

 そして追いはぎをするような人間が、国対国の関係性など考慮するわけもなく、ただ日々の糧として略奪行為を行うことをアーリンは知らないでいた。

 前世の記憶と、エルフの森という閉鎖的な空間で育った弊害と言える。

「ちなみに、マハ姉の故郷では追いはぎってどう処理してたの?」

「それは、……やられる前に」

「……なるほど、はぁ」

 マーファの指で首に線を引くゼスチャーを見て、アーリンは全てを悟る。

 ということは、相手も奪うのに最も楽な手段を用いるのも理解した。

 憂鬱な顔を隠さず、アーリンは視線の先を確認する。

 視線の色がアーリンも見たことのある色へと変化していた。

 暴力への興奮に染まった視線の色へと。


 エルフすら殺すことをしなかったアーリンにとって、命のやり取りは魔物のような獣とだけ。

 圧倒的経験不足で、足取りも重くなる。

 しかも足元を歩く水の大精霊が憑依した狐は、我関せずといった表情に見える。

「そろそろ来るんじゃない?」

「正解、……よくわかるね」

「そりゃそうよ、もうすぐ街が見える距離になるだろうから」

 姉弟子のやる気にアーリンは少しだけ恐怖を感じている。

 しかし、この世界ではそれが常識であると自分に言い聞かせ、進行方向を茂みに向ける。

「時間取られると、いくらこれがあっても門の前で野宿しないといけなくなるだろうから手早くね」

 姉弟子も布を手に臨戦態勢へと移行する。


 茂みからの視線に一瞬、動揺が走る。

 年端もいかない子供に、自分たちの尾行がばれているとは毛ほども思っていなかったのだろう。

 だがそれも一瞬で、すぐに好戦的な色へと変化する。

 アーリンの学んできた対人戦闘が、エルフ以外にどの程度通用するのか?

 それを知る機会が、意外と早く訪れたことにアーリンは、少しの不安を抱えていた。

 

 しかし、アーリンの不安は違う形で的中するのだった。

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