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31話「やること」

「どこまでも?」

「ええ、ここに留まる理由もないし。それに神様の選んだ変革者がどういう生き方をするのか、……興味はあったのよね」

 もちろんそれだけが理由ではなかった。仮にこの地に留まるとするなら、この土地の生物を狩り、糧としないといけない。

 そうなると水の大精霊にとっては、守っていた土地の生態系を自らが破壊しなくてはいけないということになる。

 人の心情に疎い水の大精霊でも、この土地に対する愛着は持っている。

 それは避けたいというのも本音である。

 しかし、知識として知っている変革者の一生というのに興味があるのも嘘ではない。

 ただ、なぜアーリンなのか。それは水の大精霊でもうまく言語化できないでいた。


「なんて?」

「この狐に憑依して、ついて来るって」

 アーリンは狐のタテガミの手触りを感じながら答える。

 その答えを聞いてマーファの顔が少し曇る。

 マーファの中では、アーリンとの二人旅のつもりだった。

 そこに、苦手とする肉食目がついて来ることになる。正直反対したい。

 実際に反論の言葉が、喉元まで出かかっている。

 出かかって入るのだが、自分もアーリンについていくという形なので、アーリンが了承してしまえば強く反論できないのだ。

「で? あんたはどうするの?」

「ん~、そうだな……」


 アーリンとしては、強く拒否する理由はなかった。

 慣れ親しんだ水の大精霊が、慣れ親しんだ狐の体とともについて来る。

 離れる覚悟ではいたが、寂しくないわけではなかった。

 その寂しさが無くなるのであれば、むしろ歓迎するべき提案だ。

 姉弟子が苦手としているのは理解したが、旅の途中苦手とする獣と遭遇する可能性を考慮すれば、害のないこの狐で慣れてくれた方が助かる。

 懸念があるとすれば、食料問題なのだが。

 それも狐の体格や、前世の記憶にある犬の食事から計算すれば大した問題にはならないだろう。

 ならば、さほど大きなデメリットはない。

 むしろ、姉弟子の苦手が克服できるなら代えがたいメリットとなる。

「よし! 一緒に行こうか」

 マーファの淡い期待は儚く散る。

 アーリンは決して、マーファを軽んじているのではない。育った環境が、周囲にいた大人たちが彼に強いてきたことが、彼の判断基準として植え付けられた結果なのだ。

 すなわち、出来るまでやる。そう、苦手は克服するためにある。

 かくも環境とは恐ろしいものである。


 ◇ ◇ ◇


「全く振り向きもしないで行っちまったな」

 彼らの師匠は、背の高い木の上から弟子二人を見送っていた。

 一抹の寂しさを感じるが、自分の時を思い浮かべれば似たようなものだったかと納得する。

 納得はしたものの、やはり胸に少しの隙間を感じずにはいられなかった。

「暴れん坊の死にたがりも、いまや立派な師匠ね」

 アルテアの隣には、アーリンの養母ベガの姿もあった。

 その表情はどこか安心したような、それでいて寂しさをにじませたような、何とも言えない表情をしている。

 アルテアはなんとなくその表情を見続けるのが、気恥ずかしい気がして視線を再び旅立つ二人の若者に向ける。

 二人の足元に、白い何かがまとわりついているのが見える。

 しかし、そんなものはどうでもいいように思える。 

 次第に小さくなる二人の姿に、駆け寄りたい心情に駆られる。

 

「ついて行っちゃだめよ?」

「は! 馬鹿言うな。俺は俺でやることがあるんだよ!」

 心を読まれたかのように思い、意図せず口に出た言葉。

 それはこの人物には言うべきではない言葉だった。

「やること?」

「……チッ、どうでもいいだろ。気にすんな」

 自分と対立する立場のこの女エルフには、知られたくないこともある。

 自分が目的をもって動いていることを知られるのは、少しだけまずい。

 この隣に立っているのは、他国にも影響力を持つ『新緑の貴婦人』その人だから。

 対立派閥の重要人物で、ほかの人種にも影響を与え、なおかつ自分と同等レベルの武力を持つ人物。

 表立って対立するのは、得策ではない。


 得策ではないのだが、どうしたことだろう。

 アルテアの心の中には、宣戦布告するなら今しかない。

 そうささやく声もある。

「やっぱり、諦めきれない?」

 ベガの問いには、アルテアにとっては決まりきった答えしか用意がなかった。

「諦める? なんだそりゃ? 初めて聞いた言葉だな」

 答えは一つしかなかった。しかし、それを面と向かって言っていいのか。

 だが、もう言葉は発してしまった。

 消すことはできない。

「お前はそれを、全エルフに向かって言えるのか? 『深淵の森』をあきらめろって言えるのか?」

「今は難しいでしょうね。けど、いつかは……」

「何時かなんていつ来るんだ? 明日か? 来年か? それを待ってあと何人死ねばいい? 妹のようにこの世界に殺されるのを黙ってみていろってか? そんなのごめんだ」

 そう、志半ばで死んでいく同胞をこれ以上見たくはない。

 たとえ意見を違えるエルフであっても、そんな姿を見たくはない。

 自分たちの無力をこれ以上見たくはない。


 抗うべき、抗うべきだとアルテアの心は叫んでいる。

 その方法を、精霊術を産み出したあのエルフの遺産を、ベガより早く手にしなければ。

 そのために、あの人種の子供をけし掛けたんだから。

 あと15年は先日のショックは続くだろう。

 しかし、そのあと。そのあとに育つエルフにはアレを乗り越える強者が生まれ出るはず。

 遺産を扱えるエルフが生まれるはずなんだ。

 アルテアの確信は揺るがない。


 そうなったとき、全エルフの渇望する『深淵の森』へと至る道が開ける。

「俺は絶対にあきらない!」

 そう言い残し、アルテアはまた旅立つのであった。

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