30話「許し」
その年の成人の儀は、他者を寄せ付けないアーリンの圧勝であった。
新成人に深いトラウマを刻み込んだ獣が、長老衆の前に立つ。
通常成人の儀を勝ち抜いた新成人には、里での要職が与えられる。
次世代の強者に、その発言力を生かす教育をするためだ。
そして順調に成長すれば、他国への顔見せとして外交の場にも出ていく。
他国と対等に並ぶことができる裏付けとして、武力はエルフにとって欠かせない物だった。
しかし、今年勝ち抜いたのはアーリン。人種の子供だった。
わずか15年程度しか過ごしていない、エルフにとってはおむつが取れたばかりの子供。
今年の新成人は誰も要職には着くことができない、むしろ心の傷が原因で他国に付け入るスキを与えてしまうかもしれない。
そんな懸念は長老衆だけでなく、エルフの大人たちにも広がっていた。
しかし、情けないとは言えなかった。
なぜなら、大人のエルフの中にもアーリンに対して恐怖を覚えたものが少なくないからだ。
武に自信のある大人たちは、アーリンの一挙手一投足から目が離せない。
自分たちの最高意思決定機関である長老衆に万が一があってはいけない、この身に変えても守らないとという責任に駆られている。
本来祝福に満たされるはずの場は、少しの殺気と恐怖に満たされていた。
長老衆もその雰囲気を感じ取り、緊張気味だ。
本来かける必要のない定型文と化した祝福の言葉をアーリンに送っている。
「……さて、勝者であるアーリンよ。この場で告げたいことはあるか?」
この言葉は本来の意味では、どのような職を望むのかという意味だ。
要職に付けるはずもない人種のアーリンには不要なはずの言葉である。
口にした長老衆の一人は、意味を思い出し少しばつの悪い表情を浮かべる。
まるで自分がアーリンを要職に迎えることを望んだような形となってしまう。もちろんこの場の決まり文句ではあるのだが、周囲の雰囲気がそうは取れないような言葉として響いてしまう。
その言葉を受けて、アーリンは笑顔を浮かべてこう宣言する。
「今までのこと……特別に許してやるよ!」
そう誰にも聞こえるように高らかに言い放った。
今までのこと、それはアーリンが受けていた仕打ち全てだ。
今回の成人の儀に参加した者の中にも、アーリンがかつて殺意を覚えた者もいる。
だが、それさえも許してしまおうと言ったのだ。一方的に。
「弱い者いじめって恥ずかしいから、俺、嫌いなんだよね。だから俺はあんたらみたいにやらないでおいてやるよ」
再び場に怒りが立ちこめる。
それをアーリンは確認するように、一人ひとり目を見て受け止めていく。
「まあ、俺もよくない言葉を言ったしね。殴って殴られてこれでチャラってことにしておいてやるよ」
「……それでいいのか?」
そう聞いてきたのは、いつかの精霊術の講義を行っていた長老だった。
確かに引き金はアーリン自身が引いたことは間違いはない。しかし、子供が受ける仕打ちには度が過ぎている。そう考える者も実はいたのだ。
だが、声をあげない時点で共犯。
それも理解していながら、声を殺していた。
こうして聞くのは、自分の偽善であることは長く生きているエルフには理解できていた。
「あー、納得できないなら貸し一つってことで納めてやるよ」
アーリンの言葉は、完全にエルフの上に立った言葉である。
独善的に、相手に関係なく、勝手に許しを与える言葉だ。
「ま、俺は里から出ていくから取り立てはいつになるかわからんけど」
新成人の集団は、これ以上の復讐に怯えなくともよいのだと胸をなでおろす姿もあるが、大人として健気なプライドを持った集団からは絞り出すように声が上がる。
「なら、……なら貸しでいい! 困ったことがあれば言いに来い!! 助けてやる!!!」
こちらもこちらで自分たちが上であると語外に加えている。
エルフはその柔和な外見とは裏腹に、プライド高く、好戦的で知られる種族である。
この世界において相応の武力を持つエルフと対等に話ができる人物は少ない。
まして上からモノをいうヒトなど、経験上存在しなかった。
今日この日まで。
こうして、アーリンの気が一方的に晴れた成人の儀は幕を閉じた。
◇ ◇ ◇
数日が経ち、アーリンは水の大精霊もとを訪れた。
約束の旅立ちの日に。
「おーい、まだいるかー?」
「いるわよ……って、その娘は?」
「ああ、前に話した姉弟子のマーファ」
アーリンはマーファと二人で泉を訪れたのだった。
結局成人の儀のあと、姉弟子に呼び出されたアーリンは旅立ちの理由を話した。
もちろん最初は信じてもらうことはできなかったが、実際に魔法を見せ魔石を見せ、大精霊のことも隠さず話し世界の危機を包み隠さず話した。
そのうえでマーファはアーリンの旅に同行することを決意した。
流石にアーリンも止めるつもりだったが、今回はアーリンが実力で折れることになった。
「……大精霊って本当にいたんだ、なんて言ってるの?」
「凶……頼もしそうだって」
「後でお話があるわよ」
二人のやり取りに笑顔を浮かべる大精霊。
そこにいつもの顔がやってくる。
アーリンを見つけて、嬉しそうに飛び込む狐が一匹。
振り切れんばかりに尻尾を揺らして頭をこすりつける。
「き、狐? どうしてここに?」
マーファはあの凶暴化した狐を見て以来、肉食目が若干苦手になっている。
素早くアーリンの陰に隠れると、狐と距離をとる。
初顔のマーファを見つけると、興味を示したように近寄る。
「ちょ、ちょと!」
それを見たマーファは、アーリンの陰へと再度避難する。
逃げるマーファと狐の追いかけっこが、アーリン越しに始まる。
普段見ないその姿にアーリンは笑ってしまう。
「笑ってないで止めてよ!!」
そう抗議した瞬間、マーファは狐につかまってしまう。
地面に倒れた姉弟子と追撃する狐をよそに、アーリンは大精霊へと視線を戻す。
「で? 何に憑依するのか決めたのか?」
「ええ、あの子が協力してくれるって」
そう指さしたのは、マーファの顔をこれでもかと舐めつけている狐だった。
「でね? あの子も私も付いていこうと思うの」
「どこに?」
「どこまでも」
こうして二人と一匹の旅が始まるのだった。




