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28話「化け物」

 一人また一人と、若いエルフたちがアーリンの拳に沈んでいく。

 動揺は恐怖に書き換えられ、観衆を巻き込み試練の森が一種類の感情に染め上げられていく。

「……化け物だ」

 誰かの漏らしたその言葉に、同意しないエルフはいなかった。

 既存の生物とは思うことがどうしても否定される。

 知っているはずのアーリンの姿とはまるで違う。

 そこにはまさに怪物がいた。

 自分たちエルフの天敵、自分たちを食い殺すために育った怪物の様だった。

 その年の成人の儀は特別レベルが低いわけではない。例年通り、いや、例年よりも少しだけレベルの高いものもいた。

 しかし、例外なく食い破られた。

 人種の子供に。


 その異様な光景が繰り広げられている森には、今なお獲物を求めた獣が走り続けている。

「わぁぁぁぁ!!!」

 また、錯乱した声が森に響く。

 アーリンが近寄るのを拒否するかのように、矢を放つ若いエルフ。

 恐怖に震える手で引かれた弓は、満足に力を伝えることができずにアーリンの左側を通過していく。

「来るな! くるなぁ!!」

 冷静さを失い、まともに正視することもできず、優位を創るはずであった精霊術さえ発現できない。

 最後の頼みと、腰の短剣に手を伸ばし闇雲に振るい始める。

 独特の金属音がアーリンの手甲を捉えたのだと、わずかばかりの希望として耳に届く。

 淡い期待を乗せた視線が、アーリンに届く。

 

 恐怖に歪んだ視界越しに、アーリンと目が合う。

「……嘘だ」

 そして手にした短剣に目をやると、またしても知らない風景があった。

 短剣が半ばから消えている。

 さっきまであったはずの短剣が、ただの鉄クズに変えられている。

「嘘だ、うそだぁ!!!」

 再び襲ってきた恐怖に、心も体もただ拒否することしかできなかった。

 盾拳防御の型『大あご』

 虫の口のように左右から繰り出した拳で、相手の得物を破壊するただただ単純な力技である。

 しかし、相手の心のよりどころともいえる武器の破壊は、相手の力を削ぐだけでなく戦意すら叩き折る。対峙して一瞬でも戦意を失えばあとは単純な打撃でも十分に心を折ることができる。

 まして恐慌状態ともいえる現在の若いエルフたちには、その光景は地獄に突き落とされたかのような光景だった。

 

 弓矢も通じず、納めてきた武の象徴すら破壊される。

 講じる手立てが、全く浮かんでこない。

 人の姿をした悪魔が、この森の中に紛れ込んでいる。

 しかも、その標的は自分たち。

 もう成人の儀などどうでもよかった。どうか見つからず、刻限の夕方をこのまま隠れて過ごそうとする者もいる。

 そんなわずかばかりの希望も、この森を知り尽くしているアーリンの知識と眼からは逃れることができなかった。

 どこに隠れやすい枝葉があるか、あのうろは人が入れるかどうか。そしてアーリンの眼はエルフの放つ匂いや体温を追跡して追い詰めていく。


 もうそれは儀式とは言えない状態まで壊滅していた。

 まともに動いているのは、アーリンだけ。わずかに動いたと思えばアーリンに追い立てられて逃げ惑う若いエルフの醜態がそこにあるだけだった。

 38人目が倒されると、長老衆は見ていられないとばかりに終了の宣言を行うため立ち上がった。

 もう成人の儀は、こんな凄惨な成人の儀は見たくはない。誰もがそう思っていた。


 だが一人、アーリン以外にもう一人、この森を熟知した若者がいたのだった。

 そうアーリンの姉弟子のマーファが息を殺して潜んでいた。

 彼女だけが恐慌状態にならず、38名の恐怖の声を聴きながら、それでもただひたすら機を狙っていた。

 終わったのか? そう疑念の生じたアーリンに向かって矢を放つ。

 精霊術で居場所を偽装して、1射、2射と淡々と矢を放つ。

 そして弓を捨て、布を手にアーリンに向かって枝を飛び移り迫る。


 今度はアーリンの虚が付かれた。

 戦う者がいなくなったと勘違いした一瞬を狙われ、『雨宿り』を使うこともできず体ごと大きく居場所を変える。

 しかし、続く矢はそれを見越したかのように自分を追ってくる。

 アーリンは何とか2射目から逃れると、木を背にして周囲を最大限に警戒する。

 観衆から再びどよめきが起こる。

 今回の儀式ではじめてのアーリンの防戦だ。

 自分の子供の成人の儀式を台無しにした獣を狩る、優秀なハンターの存在が示された。

 そんな期待が、観衆を包む。


 そして観衆はアーリンの背にした木に、赤い何かを見つける。

 それが毛髪だと気が付いた時には、何とも微妙な空気が流れる。

 あの風変わりなエルフの血縁、自分たちを捨てて出ていった異端のエルフの娘の姿があった。

 半分は確かにエルフだ、しかしもう半分は人種。

 それは純血を普通と考えるエルフたちには、苦い結果と言える。

 他種族と交わることを良しとしない、エルフはエルフと結びつき大願である『深淵の森』へと至ろうとする一派にとっては信じることができない光景だった。

 それでも半分とはいえ、エルフが勝つのであれば。

 そうハーフエルフの娘に願いを託すのだった。


 木の上からじっと動かないマーファ。

 その目は閉じられている。

 マーファはアーリンとの戦い方を熟知していた。

 まずアーリン自身を見るのは、こうした戦いの場では命とりとなる。

 アーリンの眼には、他人の視線がまさに線となって認識される。

 そのため、アーリンを見ることができない。そしてアーリンの眼は生き物の体温すら見ることができる。

 動いた軌跡として空気の中に放たれた体温ですら追尾できる。

 ならば、動くのも命取りになる。

 だから視ずに、そして動かない。

 

 それだけではまだ勝てない。

 アーリンは置かれた環境のせいか、危険に対する勘が鋭い。

 それは武術を始めたことで、より磨かれている。

 アーリンに不意打ちするなら、視ずに動かず、察知される前に自分の攻撃を届かせる必要がある。

 そんな困難な一手を繰り出さないといけない理由が、マーファにはあった。

 何としてもアーリンに勝たないといけないその理由が。

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