27話「先ず一人」
アーリンに向かって放たれた無数の矢。
それは矢の雨と言っていいほどの数だった。
誰もがたたずむアーリンの死を幻視した。
それほどに逃げ場のない雨量だった。
アーリンはおもむろに両手を上げ、降りかかる矢へと視線を向ける。
どれも綺麗な回転をかけた、正しく引かれ放たれた矢であった。
精霊術もあって、軌道はどれも自由に見える。しかし、アーリンの眼には一つ一つの軌道が手に取るようにわかる。
なぜなら、矢の軌道は射手の思い描いた軌道を射手が視線でなぞっているのだから。
そこを矢が寸分たがわず軌道に乗せる。さすがのエルフの弓術だと感心するアーリン。
「こりゃ、確かに強いわ」
思い描いた軌道に乗せることのできる技術、それを作った修練の時間。
それは線の細い印象を与えるエルフが、武を誇ることができる何よりの強み。
それがアーリンにとっては、うらやましいものである。
師匠についていながら、それでもなお自分より強いと称された相手が39名。
うらやましいのが素直な感想、次いで悔しさがわいてくる。
だからこそ、アーリンは一切の手を抜かず師匠に倣った技を放つ。
アーリンの手が、素早く忙しなく動き始める。
降りかかる矢に向かって。
アーリンをハリネズミにするかと思われた無数の矢は、アーリンに近づくとどれもが意思を持ったかのように自らアーリンからそれていく。
それた矢も地面に深々と刺さることはせず、自重のみの力で落ちていく。
エルフたちには理解ができていなかった。
なぜそうなるのか、なぜ当たらないのか。
アーリンの放つ技、盾拳の防御の技に目を奪われている。
「……なんと!?」
老練なエルフの一人が、奇怪な矢の動きそのわけを理解する。
その技は理屈では正しい、だがそんなことをできるはずがないと正常な思考が否定してしまう。
だが、目の前で起きている現象はその理屈が可能であると示していた。
アーリンの見せた技、盾拳防御の型『雨宿り』。
それは迫る矢に、回転して突き進む矢に逆の回転を与えてその貫通能力を奪う防御術。
正しく引かれ、放たれた矢は貫通力の塊ともいえる回転を有している。もしそれが突如として無くなったのなら? その矢は正しく飛ぶことはなく、弓矢の最大の長所である貫通力が失われる。
まるで遮蔽物に当たった雨のように、対象者からそれていく。故に雨宿り。
アーリンが開始の前に確認したのは逆手の、右手で弦を引くもの以外がいるかどうかを確認していたのだった。
逆の回転がないのであれば、瞬時に迫る矢の回転まで見なくていい。
それだけを考えて、腕をいや、指を振るえばいい。
昔、師匠に見せてもらいその現象の訳の分からなさに頭を悩ませた。
しかしその理屈を聞けば、今度は師匠の正気を疑い再び頭を悩ませた。
だが、この技を選んだ自分の選択は間違ってはいなかった。
師匠の狂気は間違っていなかったのだと確信する。
見たこともない現象を目の当たりにしていた若いエルフたちの視線が、次第に自分から外れていくのをアーリン見ていた。
周囲の本来互いに隠れているはずの、誰かを探して視線が忙しなく動き出すのを見ていた。
若いエルフには理解さえ及ばないその現象に、アーリンの望み通り動揺が伝播していく。
アーリンは自分から外れた視線を確認し、さらに追撃の一撃を放つ。
自分から最も近い木へと、修練の時のように拳を突き出す。
「っふ!!」
もう何万回と繰り返したその動作は、十分な力を乗せ木へと伝わる。
「っ! うぁぁ!!」
突如として揺れだした木に乗っていたエルフは、その初めての現象に対処することができず枝から足を滑らせ枝から落ちてしまう。
そこに待っていたかのように、突きの動作を開始するアーリンの姿があった。
激しい衝突音が響く。
垂直方向の力を感じていたエルフの体に、水平方向の力が加わり、自分の上下すら理解することができないまま背中に受けた衝撃に意識を手放す。
「先ず一人」
そう宣言して、アーリンは自分に向けられた一つの視線をなぞる。
理解の及ばない現象が立て続けに起こり、動揺していたエルフの眼にはアーリンの視線はまるで得体のしれない別の生き物の視線に思えただろう。
そしてその視線に囚われた自分は、次なる犠牲者となる。そんな恐怖に駆られて、隠れていた枝から身を躍らせる。
動揺した脚は枝を満足に蹴ることもできず、転ぶように落下という結果につながる。
周囲もまともに受け身をとることもできず、落下と同時に脱落するだろうと予測できた。
しかし、アーリンはそれを良しとはせず、落下するエルフに向けて矢を放つ。
エルフから見ても十分な速度で放たれた、2連射だった。
乾いた音を一つ残し、アーリンは次なる獲物のもとに走り出す。
「二人目」
アーリンの放った矢は、若いエルフの服の両肩を射抜き立木にエルフの磔を作っていた。
その股間が恐怖に濡れていたが、観戦していたエルフたちもそれに気が付くことはなかった。
そんなものより、目が離せないものが試練の森を縦横無尽に走り回っていたのだから。
虐げていたはずの人種の子供が、解き放たれた武の獣が圧倒的な力を示し、次代のエルフたちを狩り始めていたのだから。
アーリンを射抜く視線のどこにも、怒りなどは存在していなかった。




