26話「成人の儀」
その日、アーリンは感じていた。
いつも通い慣れた、試練の森への道程にいつもとは違う熱を。
それもそのはず、里のエルフたちがこぞって試練の森へと向かっているのだ。
中心にいるのは70歳となる年若いエルフたち。
次世代の牽引するのもを決める成人の儀が開催される。
「……なんで、あんなのが」
アーリンをみたエルフの誰かが、呟く。
場違いな人種の子供を責めるような視線が、アーリンを貫く。
「……なんだ、いつも通りか」
安心したような顔を浮かべて、アーリンは成人の儀へと向かう。
15年、アーリンとして生を受けた年月を思い出す。
不用意な一言から始まった苦難の日々、思い返してみたらあっという間。
あっという間だからこそ、風化できない感情があった。
いつも通り、嫌われ者で鼻つまみ者。
それでいい。
アーリンは心置きなく、故郷を捨てることができる。
そう思う。
養母がいたとしても、師匠がいても己の下した決意を揺るがすものはない。
そう考えていた。
はたから見れば、試練の森で行儀よく立ち並ぶ40名。
アーリンもそこに並んでいる。
もちろん、姉弟子の姿も見える。
40名の前には、5名の長老衆と呼ばれる大人たちが成人の儀に対しての訓示を話している。
内容はエルフが成人するとはなど、当たり障りのない綺麗な言葉が並ぶ。
しかし、誰一人として話に耳を傾けているものはいなかった。
誰もが、口を動かしている長老衆であってもそれは同じだった。
誰もがアーリンの姿を捉えている。
腰には矢筒を携え、背には弓。他に一切の武器は見当たらず、手には真新しい手甲を身に着けている。
その姿に誰もが、怒りをあらわにしている。
ほかのエルフは、矢筒のほかにナイフなどを携えている。
矢が尽きたときの武器をもってこの場に臨んでいる。
姉弟子であるマーファも、母の形見である布を首からたらしている。
エルフにとって、布槍術は記憶に新しい立派な武器である。
それでもこの場にいる一部を除いた誰もが、理解していなかった。
実はアーリンはちゃんと武器を身に着けているということを。
師匠譲りのガントレットは、アーリンたちにとっては十分な武器であることは理解が及んではいなかった。
アーリンはそのエルフたちの反応を見ると、ついつい頬が緩むのを感じる。
やってやったと。
この場、この時まで、隠し通せたのだと。
情報という貴重な生命線を守り切ったという満足感と、エルフたちが自分たちの修練に対して警戒心を持たなかったんだという、相手の慢心への感謝で頬が緩む。
師匠は常々アーリンにこういい続けていた。
「いいか、エルフってのは若木であっても強いことには変わりがない。時間をかけられるってのはやっぱり強みなんだ。間違った努力でも時間をかけりゃ花開くこともある、お前たちみたいな人種の倍の時間を費やせる余裕が強い。だから、お前が勝てるとすりゃ相手の慢心がありきだ。慢心した心にがつんと重い一撃くれてやって、動揺させちまえばお前程度でも勝ち目はあるだろう」
相手の慢心をつき、尚且つ動揺を与えて普段の力を出し切れない状況を作って、初めて優位。
それくらい時間というエルフのアドバンテージはデカいのだと。
ならば、現状第一段階は成功だと言える。
アーリンの眼には、40以上の視線が見えている。
そのすべてが、エルフを侮ったと思わせることができた怒りと、人種である自分への侮蔑に染まっているのが見えている。
あとは動揺を誘う一撃をどう放つか。
それも十分に考えている。
不安材料もあったが、この場にいるエルフのたたずまいを見れば杞憂だったと確信できる。
ならば自分の一撃は届くだろうと。
あとは、自分次第。姉弟子の視線が自分にないことが不安ではあるが。
それでも奥の手である魔石も懐にある。
だからアーリンは勝利のために行動を起こす。
「では、これより成人の儀を執り行う!!」
長老衆の言葉で始まった、成人の儀。
エルフたちは、即座に木々へ飛び移り身を隠し自身の考える最高の射撃ポイントへと向かう。
エルフの初撃である、精霊術を駆使した矢の一撃を放つにふさわしいポイントへ。
そんな中、先ほどの開けた場所でどよめきが起きる。
あり得ない、あってはいけないその光景に成人の儀を見守る誰もが声を漏らす。
一人、ただ一人だけその場に立ち尽くす者がいた。
アーリンだ。
ただ一人の人種の子供が、集合したままの姿勢でその場にいた。
武器も満足に持たない人種の子供が、隠れることすらせず堂々とその場にとどまっている。
武を誇る一部の老練なエルフたちはその行動に驚愕し、警戒心を強める。
しかし、参加者である若いエルフたちはそうはならなかった。
またしても、精霊術に続き自分たちの戦い方さえ愚弄する。
そう若いエルフたちには映る。
頭に血が上った若いエルフたちは、第一の目標を定める。
あの愚かな人種に、後悔を。
今までの比ではない怒りを込めた矢が、四方から放たれる。
誰もがこの人種を殺しても構わないと、矢を放つ。
誰の庇護下にあってもかまうことはない、成人の儀で犯した愚行を断罪するべく素早く幾度も弦を引き放つ。
そうして、成人の儀初の最初の一撃が放たれた。




