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24話「肉節」

「何してるの?」

 森ではなく、自宅の軒下で作業中のアーリンの背中に年若い娘の声がかかる。

 アーリンは振り返る前にそれが誰かということが、わかってはいるものの自らの眼で確認した後に応えた。

「なんだ、マハ姉か」

「なんだじゃないわよ、何って聞いてるの」

 このエルフの里で、年若い娘がアーリンに声をかけることはない。

 エルフにとって相手の魅力の物差しには、強さが含まれる。

 強さ、それはもちろん腕力であり、戦闘力だ。

 いつも多勢に無勢でやられてはいたとはいえ、地面を這っている姿を見ているエルフの娘にはアーリンは興味の対象外と言える。

 要するにアーリンが弱いという認識が、里の年若い娘たちにでさえ共通の認識とされている。

 なので、エルフの里で年若い娘の声で声がかかるなら、それは姉弟子であるマーファ以外にはあり得ないのだった。


「なにそれ?」

 答えないアーリンの手元を覗き込むマーファ。

 実際眼にしてもそれが何かという理解には及ばなかった。

 いや、それが何かは分かったが、それをなんで作りどのように使うのかがわからないと言った方がより正確だった。

 アーリンの手元にあるのは、両手に収まるほどのカチカチに乾燥しきった肉塊、おそらく鳥の肉だ。

 形からそう思っただけで、その表面はまるで苔むした倒木を思わせる。

 マーファの鼻腔に煙の臭いが届くことから、それが燻製肉であるのも間違いがないだろう。

 しかし、昔住んでいた村での乾燥肉とは違い、まるで枯れ木のようになるまで乾燥している。

 そうなるまでにどの程度の時間を要したのか想像もできないが、相当数の工程を要しただろうことは理解ができた。

 いったいそんな時間が、この弟弟子のどこにあったのだろうか?

 日々の修練や森での生活、果ては自己鍛錬。

 そして、この不思議肉の作成。

 エルフに換算すると、この弟弟子の1年は5年に相当するだろう。

 そう思うと呆れるしかない、エルフの自堕落ぶりも弟弟子の生き急ぎぶりにも。


「最近安定してきたんだ、この『肉節』も」

 さも当然というように、アーリンの発した肉節なる言葉。

 マーファにはさっぱり見当のつかない言葉だった。

「干し肉じゃなくって?」

「肉節」

 アーリンは手にした肉節なるものの一部、ナイフを取り出し、表面をごくごく薄く削りマーファに差し出す。

 食べてみろということらしい。

 おそるおそる受け取り口に含んでみると、鳥の力強い風味や旨味が凝縮されたように感じる。

 干し肉を口に含んだ時のような、嫌味な強い塩味はなくやわらかな丁度いい味わいが口に広がる。

「……お、おいしい」

 そう口にしたマーファは、少し悔しかった。

 口にした瞬間、マーファの頭の中にはこれをどう調理したものかと思案が巡ってしまったのだ。

 そして、これから出汁をとって根菜を煮込んだら絶品かもしれないと思ってしまった。

 見た目は完全に、枯れた倒木なのに。


「で? これを作ってどうしようって?」

 悔しいのは、それを美味しく思ったことだけではない。

 なんで作ったのか、という疑問に続くからだ。

 おそらく一つでしかないのだろうけど。

「今年の成人の儀が終わったら、俺、里を出ていくよ」

 アーリンはマーファの眼をまっすぐに見つめながら、はっきりと口にした。

 ああ、そうか。

 マーファの中では、やっぱりという言葉で満たされた。

 きっと、いつかはそう言いだすだろう。

 この里のことをよく思っていないであろうアーリンが、そう結論づけるのは当然だ。


 そして、最近までの修練は確実な力として結実していた。

 自分の全力もわずかに届かない。一歩だが、確実に叔父の領域へと続く道に足を踏み入れたアーリン。

 ならば、その披露に成人の儀を選ばないはずがなかった。

 アーリン自身も外の世界では、成人と言っていい年齢となった。

 ならば、もうアーリンにこの里に留まる理由がなかった。

 蔑まれ、虐げられたうっ憤を晴らし新しい場所を目指し歩き始めようというのだ。

 それはうれしいような、寂しいような、悔しいような。

 自分の感情を今のマーファは上手く言葉にできない。


 そうとは知らないアーリン。

 アーリン自身もまた、複雑な胸中にあった。

 少し前、いつものように水の大精霊の泉で過ごしていた時に、水の大精霊は神妙な面持ちでアーリンに語り掛けてきた。

「ねえ、アーリン。多分だけど、もうすぐわたしは消えてしまうと思うの」

 突如告げられた言葉をすぐには理解できなかった。 

「……なんで?」

 口にできたのはそれだけだった。

 優しい表情のまま、水の大精霊は自分の置かれた現状を話し始める。

「前に言ったわね? わかしたち大精霊の栄養は、万素だって」

 もちろん、アーリンもその言葉は覚えていた。ならばこそ何故、水の大精霊の存在が危ういのか、アーリンには理解ができなかった。

「その万素が少なくなってきているの」

 この世界とヒトとの橋渡しをしている万素。

 この世界がある限り無くなるはずのない、万素が少なくなってきている。

 大精霊の命が危うくなるほど。

 

 アーリンは即座に否定しようとした。

 否定しようとしたが、出来なかった。

 アーリンの万素に関しての知識は、大精霊の受け売りだ。

 その知識の大元が少なくなってるというなら、それを否定できるわけがなかった。

 感情で否定もできるかもしれない。

 でも、それは感情の否定であっても現実の否定ではない。

 そこにある純然たる現実には対抗しようもない愚行だ。

「あなたの魔法のおかげで、少しは楽になったけど。それでもやっぱり足りなかった」

 水の大精霊は自分の寿命を避けられないものとして語った。

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