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23話「ありがとう」

 魔法と武術に明け暮れ、5年の時が過ぎた。

 アーリンの姿も少年のそれから青年を思わせる要望へと変化していた。

 周囲のエルフに比べると、格段に速い成長だが人種の成長としては順調そのものであった。

 

 そうなるとアーリンには困った問題が生じてしまう。

 身体の成長、それは生物として次代を望むために必要なもの。

 要するに思春期の到来だ。

 養母であるベガは、アーリンを育ててはいるがその姿は未だに新緑。

 エルフ同士でどのように映るのかは分からないが、人種であるアーリンにとって魅力的以外の言葉では語れない。

 もちろん、種族が違うことから血は1滴たりとも繋がってはいない。

 そういう意味ではアーリン自身の反応は、身体的に健全と言えるだろう。


 だが、アーリンの精神はそうはならなかった。

 養母であろうと母は母。

 そんな存在にたぎるものを感じる罪悪感に打ちのめされる日々。

 アーリンの2度目の思春期は、1度目に培った記憶のせいで健全とは言えない歪みと認識してしまう。

 そこでアーリンの取った行動は、……逃亡である。


 理由を作っては森で夜を明かす日々が多くなる。

 理由を創ってはいるが、それを行わないというわけではない。

 武術に魔法に、たぎる血をぶつけて発散する毎日。

 そのおかげか、双方ともに目覚ましい進歩があった。


 いつも魔法を研鑽する水の大精霊の泉のほとりで、今日も鋭い踏み込みの音が鳴り響く。

 アーリンの目の前には、水の塊が浮かんでいる。

 浮遊する水の塊は、成長したアーリンの上半身を覆っても余るぐらい大きく発現している。

「すー……、ッハ!!」

 水の塊に伸びる拳は、師匠と比べると大きく劣るがそれでも立ち木を揺らせるほどの力が籠められるようになっている。

 そして打たれた水の塊が、弾けるようにいくつかの小さい水の塊に分かれ、目標とする立ち木に飛んでいく。

 

 水の塊に打たれた立ち木は、その身を穿たれいくつかの穴を形成し、自重に耐えることができずにその身を傾ける。

 まるで原因を作ったアーリンに向かって拳を振り下ろしていくようにも見える。

 しかしその木は、アーリンにに届く前に幹ごとアーリンの拳によってへし折られ、まるで見当違いの場所に落ちていく。

 落ちた拍子に折れた枝を咥えて、アーリンの足元まで持ってくる存在がそこにはいた。

 あの小さかった狐も、いまや立派な成獣となっている。

「ありがとうな」

 アーリンはその枝を受け取ると、自分が折った木へと向かいその切り株へと突き立てる。

 意味があるかはわからないが、挿し木を行い土で固定する。


 それが終わると今度は狐の相手だ。

 仕事しただろ? と言わんばかりに尻尾を振ってちょこんと座っている。

 振り向いたアーリンを確認すると、飛び込まんばかりの勢いでアーリンの元に駆け込む。

 それを受け止め、全身をくまなく撫でつける。

 それにこたえるように、狐も天地を変えながらはしゃいでいる。

「キューン」

 甘えたような鳴き声にアーリンの眼がついつい細くなる。


「甘えんぼなのは変わらないわね」

「そうだな。コイツ、今日は子供は置いてきたのか?」

 野生生物の春は短いが、早い。

 ついこの間子供をお披露目してきたのも、アーリンにとっては記憶に新しい。

 お披露目とはいっても、本当に目に触れる程度の距離ではあったが、生育環境を考えればそれでも破格の扱いだと言っていいだろう。

 実際番いとなった狐は、警戒心を隠そうとはしなかったのだから。


 狐をかまっていると、水の大精霊からお小言が。

「ねえ、アーリン。そろそろ里に戻ったら? いい加減泉で汚れを落とすのも限界じゃない?」

 森は基本的に人の生活圏ではない。

 雨をしのぐために屋根を作ったとしても、完全ではない。

 地面から跳ねた泥も付くし、水で落としているとはいえ真水で手早く落とすだけでは皮脂なども完全には落ちない。

 要するに水の大精霊は、現在のアーリンの姿をみすぼらしいと言っている。


「……」

 アーリンは水の大精霊が何を言いたいのか、理解している。

 現に今までは、その言葉を受けると渋々ながら里へと帰宅していた。

 しかし、今日のアーリンはそれを聞いても足を動かそうとはしない。

 無心に狐をなでる振りを続けるのであった。

「何があったの?」

 いつもと違う態度に心配そうな声が変わる。

 水の大精霊も、アーリンが里で受ける仕打ちをなんとなくだが理解している。

 水の大精霊は、エルフの使役する精霊に良い感情を持っていないので基本的にアーリンの味方だ。

 エルフの精霊術も認める様子もない。


 そんな水の大精霊がアーリンの様子に気を配るのはごく当たり前であった。

「……した」

 ポツリとアーリンから言葉が漏れる。

「ん? なあに?」

 聞き取れない大精霊は、変わらぬ態度で再度促す。

「……夢精した」

 そうアーリンは泉に逃げ出す前、夢精を久々に体験した。

 しかも夢での相手は、なぜかというか、当然というか……養母のベガだった。

 そのことが非常に強い罪悪感となり、アーリンはアーリン自身を攻め立てもう数えるのも面倒なほど行った逃亡を再度行ったのだった。


「それだけ?」

 水の大精霊にとっては、当たり前すぎる生理現象として記憶している。

 そこに働く心理的作用など考慮にはない。

 なので何故アーリンがこれほどまで落ち込んでいるのか理解できない。

 しかし、そのことで一つ思い当たるアーリンの行動を思い出す。

「ねえ? その時の下着ってどうしたの?」

 アーリンは沈黙を選択する。

「ねえ、ここにきてすぐ何か洗ってたけど、……まさか?」

 再びアーリンは沈黙を選択。

 だが時として、沈黙は肯定となる。

 それを理解した水の大精霊は、叫ぶように訴える。


「最っ低!! わたしの住処で何やってくれてるの!? 妊娠したらどうしてくれるのよ!!」

「するかそんなもん!! 大体お前肉体って言うか、実体がないじゃん!」

「万が一があるかもしれないでしょ! あなた変革者の自覚ないの!?」

「そんなもの変革するつもりあるわけないだろ!!」

 確かに水の大精霊には実体はなく、万が一にも人と子をなすことはない。

 それでもアーリンと過ごす時間が長くなり、思考がすこしアーリンよりと言うか、人間よりになってるだけなのだが。

 頭に血(?)を登らせた水の大精霊には関係がなかった。


 無数の水弾がアーリンに降り注ぐ。

「もう帰って! 本当に帰って!!」

 アーリンは追い立てられるように、泉からも逃亡していくのだった。

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