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22話「科学」

 打撃音と土煙が舞っている。

 数手を終えて二人は再び距離をとる。

 マーファは驚いているが、それ以上にアーリンの方が驚いていた。

 あれほど苦心していた闘気術が、自分の思うように操れている。

 昨日はそうはいかなかった。

 しかし今日は上手くできる。

 違いはそう、魔石だった。


 魔法の時のように、魔石から流れ込む力が全身を駆け巡り、万素の不足分を補うように脈動する。

 姉弟子の猛攻を防ぎながらも、連携の繋がりが拙い合間をぬうように拳を滑り込ませる。

 見えていたスキを突くことができる速度を実現させている。


 マーファはアーリンの速度に困惑していた。

 いつもの速度より、一拍か二拍速いだけ。

 それが、攻防のタイミングを変え、まるで別人と手合わせしているかのような錯覚を生む。

 だが突きの癖や防御の選択はアーリンそのもので、それが更なる困惑を生む。


 布槍術を駆使しても埋まらない誤差。

 それは次第にマーファのいら立ちとして、体に現れる。

 単調な攻撃と安易な防御、ペースは確実にアーリンの優勢に傾く。

 大振りの突きをアーリンの懐に呼び込まれ、自分の失策を認識したときには天地は逆転する。


 突きだした右腕を絡め取られ、足を刈られ、自分の突きの勢いを利用され、そのまま背中から落とされる。

 習った投げの中では、初歩的な投げだった。

 もちろん返しの技も熟知しているはずだった。

 たが、いら立ちに任せていた体は言うことを聞いてはくれない。

 そして、心も言うことを聞いてはくれない。


「これのどこが、必殺技なのよ!」

 いら立ちと恥ずかしさを隠すために放った一言。

 アーリンにとっては、痛恨の一言だった。

 なぜなら姉弟子に対して使った技は、どれも師匠が教えたモノで姉弟子も知っているし、一手たりとも新しいモノはなかった。

 アーリンは、笑顔で誤魔化しながらなんとか一言口にするのがやっとだった。

「速さが必殺だっただろ?」


 言ってはみたが、答えになってないとアーリンは心のなかで大汗をかいていた。

 表情も変えないよう意識はしてみたが、口角が引きっているのが自分でもわかる。

 しかし口にしてしまった言葉が戻ることはない。

 なんとか誤魔化せないかと、次の言葉を必死に探っていると、

「そう、速さか」

 と、納得したような姉弟子の言葉を耳にする。

「そう、速さなんだよ! あはは」

 笑顔の奥で、なんで納得出来た? と、アーリンが疑問符を浮かべているのにマーファは気が付くことはなかった。


 ◇ ◇ ◇


 その夜、アーリンはベッドの中で魔石を眺めていた。

 魔法も闘気術も魔石のおかげで、飛躍的に向上した。

 特に闘気術に関しては、行き詰まりを感じていたので、その効果を顕著に感じていた。

 いったいこの魔石はなんなんだろうか?

 当然の疑問が、アーリンに訪れる。

 万素のチャンネルで見ても、わずかばかりの力しか見えてこない。

 自分の闘気の方が強いように思えるほどだ。

 しかし、チャンネルを変えていくと万素とは比べ物にならない力を発している。

「魔石なんだから魔素って言うべきなんだろうな」

 そんなことを口にはしてみたものの、それがないことは水の大精霊に確認済みだ。

 万素は世界と生物を繋げる、この世界に不可欠な構成要素。

 それと似た違うものは、いったい何に繋がっているというのだろうか?


 わからない、不可思議でわからないもの。

 普通であれば、それは恐ろしいもののはずだ。

 前世でも分からないものは恐ろしかった。未知の症状を訴える不調、見たこともない動植物、そして人の心。

 人の歴史の中でそれらは一応の解決を見出し、そして対処されるに至った。

 すべてではないが、大半は『科学』によって知られるものとなり、わからないものから分かり得たものへと変わり、恐怖は限局されるようになった。


 そうアーリンは知識として知っている。

 わからないものをわかろうとする欲求が、人に備わっているということを。

 そしてアーリンは自身の記憶において、久しぶりにその欲求を味わっていた。

 

 アーリンは科学の基礎となる一部分において、この世界のだれよりも秀でていることを自覚していた。

 観察する。

 その一点において、誰よりも秀でている。

 その目には万能眼を有し、頭の中には科学に触れてその恩恵を身に受けていた記憶がある。

 得意ではなかったが、基礎科学は教育されている。

 ならばこそ、この未知の、この世界のだれも知り得ない謎の力にその興味を向けないはずがなかった。

 何より自分の身を守るため、その力を使った魔法に再現性を求めなければいけないという必然性もある。

 

 魔法の再現と発展。その可能性の途方もなさ。

 それを知るために、自身の持つ万能眼を駆使して観察と考察を行う。

「魔法を科学する……か。……バカバカしい」

 元の世界ではありえないその行為を、ほかのだれでもない自分が行う。

 いや、自分しか行えない。

 前世であれば、それを口にすれば精神を疑われかねないその行為を行う。

 

 アーリンは笑みを浮かべながら、愚行と言われるであろうその行為に思いをはせる。

 この世界で初めての行為。

 その功績がもたらされる自分の行く末。

 前世で果たされなかった可能性が目の前に、いや、手の中にある。

 

 しかし、その身にいつ降りかかるとも知れない死という神の手を思うと、いつしか笑みは夜の闇の向こうに消えていた。

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