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19話「異常」

 アーリンを送っていったあと、姪と叔父は連れ立って歩いていた。

 その光景はエルフの里でも非常に珍しい光景であった。

「あの子の泣き顔初めて見た」

「そうか、俺は……二度目か」

 姪の独り言のようなつぶやきに、叔父は応える。

 エルフである自分の感覚ではちょっと前のことではあるが、自分の弟子の泣き顔を初めてみたのはいつだったか?

 そういえば今より幼い顔立ちだったようにも思える。

 自分の言葉に姪が足を止める。

 振り返ると、何か言いたげな表情を見せる。

 姪の口が開くのを大人しく待ってやると、非難めいたことを言い出す。


「叔父さん、わかってる? あの子は22の私よりはるかに年下の10歳なのよ?」

 何を言い出すかと思えば。

 弟子の歳と姪の歳ぐらいは知っている。

 あの婆にも似たようなことを言われているので、そんなことは理解している。

『あの子は〇歳なのよ、なんであんな教え方なの?』

 と、ことあるごとに言われ身内でもないのに誕生日すらもう忘れないだろう。

「だから?」

「あの子は異常よ! 叔父さんだって外にいたんだもん。それぐらい知ってるでしょ? あの子は人種の子供なのよ?」

 アルテアは姪の言葉が理解できなかった。

 姪の言葉は少しだけ高揚している今の気分に水をかけられた気分だった。


 どんな獣を倒してきたのかは、弟子が話せる状態ではなかったのでわからないが、手ごわい相手に出会ったことはすぐにわかった。

 弟子の健康状態ぐらいは管理できている。

 あの利き手の脱臼に似た指のケガ。

 自分の言葉に間違いながらも、ある程度の結果を示す答えを導きだしたのだろう。

 弟子の成長を知り、少しだけ気分がよかった。

 里の者に刺激を与えるために育てては見たが、戦士として順調な成長を見せられるのは教える側として喜びを感じないわけがなかった。

 そんな小さな喜びを姪である目の前の少女はおかしいと言い出す。

 少し不機嫌に問いただす。


「あいつのどこが異常なんだ? あいつは予想より良くやってるぞ」

「それがおかしいのよ。もう一回言うけど、人種の子供よ? それも10歳の」

 そういわれて、自分の昔の記憶を探ってみる。

 アルテアの記憶は大半が戦場にいたモノだったが、それ以外にも放浪時の平穏な記憶もある。

 それを呼び起こすと、10歳程度なら家の仕事をやっていた子供が多かったように思える。

 農村部であればそれはむしろ多くなっていた覚えもある。

 エルフの里では水汲みも畑仕事もない。

 であるなら、アーリンが武術に精を出すのは普通に見える。

「普通じゃないか? あいつぐらいでも水汲みだのはするだろうし」

「そりゃやるだろうけど、狩りの姿は見てなかったの? あの子が集中を切らす時間すっごく短いのよ?」

 

 そう言われて思い返すと、確かに修練の時も常に集中はしてないが散漫とする姿は少ない。

 ほかの子供、エルフの子供でも他への興味を押し殺すことができるようになるのは成人が近くなってからのようにも思う。

 しかし動物も人も個体差というモノがある。

 たまたま自分の弟子はそういう性分だったのだろう。

 そう思えなくもない。

「気にしすぎじゃないか? そういう子供なんだろ、あいつは」

「それにしたって!」

 どうも姪は納得できない様子だ。

 きっと年下の子に追い付かれつつある状況に危機感いや、アーリンに嫉妬に近い感情を持っているのだろうと答えを出す。

 もしかしたらそれ以外の感情かもしれない。

 

 姪のそういった情動に、ついつい悪戯心が芽生える。

「そんなに気になるのか?」

「そりゃそうよ!」

「そうか、あいつも幸せ者だな」

 にやにやとした表情を姪に向けると、気になるという意味に気が付いたのか今まで以上にむくれる。

 なるほど、やっぱりあいつの子供だ。

 アルテアはそう思った。

 変化の少ない里を嫌い、里の男ではなく自分よりはるかに寿命の短い男を見初めた変わり者の妹の子供だと。

 何が琴線に触れたのか、自分にはわからない強さに惹かれたのだろう。

 一人納得していると、少し荒い声が返ってくる。

「そんなんじゃないから! それにそういう話をしてるんじゃないから!!」

 

 怒った顔も妹に似ている。

 妹のように里の男が放っておかないような女に成長するのだろう。

 行く末が少しだけ楽しみだ。

 そんな親心に似た感情がアルテアの中に芽生える。

 

 ふと妹の姿を思い出し、姪と比べる。

 何かが足りない。

 今でも記憶には妹の姿は鮮明に浮かぶ。

 そうしてあることに気が付く。

 そうだ、アレが足りないんだと。


 むくれながらも家へと足を向ける姪に声をかける。

「おい、マーファ。帰ったら、からかったお詫びに良いものをやろう」

「良いもの?」

「ああ、そろそろ渡してもいいだろうからな」

 妹の使っていた、あの子の得意だった得物を渡してやろう。


 姪がそれを使うことで、また少し弟子が不利になるだろうがそれもいい刺激になるだろう。

 あの弟子が育てば、エルフの里のバランスがまた歪に変わる。

 そうなれば頭の固い長老衆もあの弟子を無視することができなくなる。

 引きこもりどもの興味を外に向けるいい刺激になってくれるだろう。

 なるべく早く自分は至らないといけない。

 妹のためにも。

 あの『深淵の森』へ。

 

 アルテア・ポーラスシュテルンの中にはそんな思いがくすぶっている。

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