15話「魔物」
「水の大精霊……?」
「そう、だってほかにも精霊っているんでしょ?」
どうやらこの大精霊と名乗った精霊は、ほかの精霊を知らないらしい。
「わたし、その子たちより昔からいるんだから、大精霊って言ってもいいと思うの!」
昔というのが、いったいどの程度の時間なのかアーリンには想像がつかない。
精霊とエルフの共存がいつ始まったなど、精霊術嫌いのアーリンには微塵も興味はない。
ただ人の感覚では、遥か昔だと言っていいのだろうと理解している。
そんな精霊たちより前から存在していたというのであれば、大精霊と名乗るのも納得するしかない。
なのに、なぜか大精霊は精霊の姿を直接は見ていないというのが、アーリンには少しだけ引っかかる。
それを口にしていいのか思案して意を決して口を開こうとしたとき、それは起こった。
水の大精霊が目の前の自分から目線を逸らした。その視線の先に大精霊の敵意が飛んでいる。
アーリンはその視線の先を確認する。
そこにはあり得ないものが、立っていた。
先ほど致命傷を与え、亡骸となったはずの狐が立っていた。
首から血を大量に流しながら、それでもしっかりと四肢で大地を支えて立っていた。
「……うそだろ」
確かに自分の技が未熟なのは理解している。
それでも確かにあの一撃で死んだ。今日幾つもの命を刈り取ってきたアーリンが見間違うはずはない。
「やっぱり、この子もそうだった」
水の大精霊は敵意を含みながらも悲痛な表情を浮かべていた。
「この子も?」
アーリンは手の中で必死に威嚇している小さな命をとどめながら大精霊に問いかける。
この子もというのであれば、これは大精霊にとっては初めての現象ではないはずだから。
「ええ、たまに命を落としても動き回る子がいるの。ここ最近はとても増えたわ」
思わずアーリンの脳裏にはゾンビという言葉が浮かんでくる。
「ただ動き、命を奪うそんな子がこの森にはたまに現れるようになったの」
まさにゾンビを思わせるその行動。
しかしアーリンにはその前からこの狐はおかしな行動であるように感じていた。
先に襲った小さな子ぎつねには目もくれず、自分たちを敵と認識して襲ってきたその行動に違和感を感じていた。
「じゃあ、俺たちを襲ってきたのは?」
「それも命を奪うことのほうが優先な証拠でしょうね」
生体、死体は関係なく他者の命に対する執着を見せる獣。
アーリンの常識では存在してはいけない獣だ。
そしてその常識は大精霊と共有できている。
ならば、この世界において異物といえる。
なぜそんな存在が?
アーリンは万能眼を切り替えながらその謎に迫ろうと意識する。
もしかしたら、世界が寄越した災害なのかもしれない。
神様の試みは失敗したのかもしれない。
そんなことが頭によぎる。
「嘘だ、……そんなことが?」
アーリンの眼には見慣れたのもが写っていた。
闘気術。
それに似た何かが、死体である狐を動かしていた。
そしてその闘気はある一点から全身へと送られているのも見えている。
心臓付近の一点から脈動するように全身へと送られ、それの反応するように四肢が大地を踏みしめている。
その姿は師匠から教わった闘気術に比べると、別物のように禍々しい。
そしてそのような姿を形容する言葉をアーリンは一つしか思いつかなかった。
「まるで……魔物みたいじゃないか」
生気のない狐の眼がアーリンを捉えている。
少し固まりだした血が、音を立てて地面に落ちていく。
その姿に恐怖を感じ、後ろに下がる。
上手く下がれている気がしない。
その存在感に飲み込まれてしまう錯覚におちいる。
狐は大きく口を開き生前とは比べ物にならないくらい高く飛び上がる。
その光景から目を背けてしまう。
死を予感させるその光景を見ていることができないでいた。
目を閉じたまま、襲ってくる衝撃に身を縮みこませてしまう。
しかし予想した衝撃はいつまで経っても来ることはなかった。
恐る恐る目を開けると、狐は宙に留まっていた。
大精霊から伸びた、鋭利な水の手に刺され宙でもがき苦しんでいる。
そしてそれでもせめて爪でとアーリンに伸ばされた前足も、ようやく力なく投げ出された。
脈打つ闘気も霧散している。
ようやく怪現象から解放されたのだ。
大精霊の表情も険しさをなくし、無事であったアーリンを優しく見ている。
「それで、なんであなたはわたしが見えているの?」
今更な質問が大精霊の口から出された。
先ほどのことなど、もう興味すらないかのように。
放心状態のアーリンは警戒することもなく、問われるまま答えを口にしていた。
先ほどから衝撃的な出来事が立て込んで、隠す素振りなどみじんもない。
神様を名乗る人物にこの世界に送り出され、万能眼なる恩恵を受けたこと。
精霊を目にできることから、エルフたちとの関係を損ない孤立したこと。
そして師匠と呼べる人物と出会い、修行の一環で狩りをしてここまで来ることになったこと。
すべてを話した。
「エルフの里に保護? 神様が……?」
大精霊には腑に落ちないようだ。
しかしあの神様だからと、なんとなくの納得を見せる。
「でも、妙ね。なんで精霊術とやらがあなたには使えないの?」
「いや、言葉がわからないからお願いできないんです」
「そこよ、あの神様が万能といえば万能であるはずよ。……おかしいわね?」
アーリンの話に大精霊の疑問は尽きない。
「精霊術が使えないから、エルフと戦うのは難しいらしいです」
話始めてしまえばアーリンには心情を吐露することを止めることは難しい。
修練を続けてはいるが、どうしても届かない目標に愚痴が募る。
師匠を失望させたくはないし、姉弟子にこんなことを言うのもはばかられる。
そうして積もった愚痴は、一度口に出してしまえば止めることはできない。
それでも何とか、ため息に変えながら回数を減らすことが精一杯だった。
「なら、万素に直接お願いしてみたら?」
「……はい?」
大精霊の言葉の意味がアーリンには理解できなかった。




