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127話「精霊」

「だいぶ降りてきましたけど……」

 誰もしゃべらないアーリンたち。

 それに耐えきれないと、アディが誰に聞くでもなく問を投げかける。

 そう、確かに結構な階段を下ってきた。

 今まで行ったことのない深さまで来ているのは確かだ。

 だがまだ階段は続いている。

 いったいどれほどの深さまで続いているのか?

 アディの問いかけの意味を理解しながら、誰も答えない。

 明かりもなく、前を行く仲間たちの姿もろくに確認できない不安がアディに声を出させたのだろう。

 マーファは魔石から魔力を吸い上げて、明かりを作る。

 それほど光量の強い光ではなかった。

 それでも仲間の姿を確認できるという安堵が流れる。


 アーリンを先頭に強調された闇に向かって降りていく。

 しばらくすると、アーリンがようやく降下を止める。

 最後尾のタメエモンが後ろを振り向くと、地上に開け放たれたままになってるはずの扉からの光はもう届くことのない場所にいる。

 マーファが光を創り出すまで暗かったのだから当然といえば当然なのだが、日の光が届かない場所だという事実が再び不安を連れてくる。

 階段が終わると、今度は何もない通路が伸びている。

 いったいこの先には何があるのか?

 不安は不安を呼び、足取りは無意識に慎重になっていく。

 不意にガコンと大きな音が鳴り響く。

 何が起きたのかと、先の見えないタメエモンとアディは身構える。

 しかし、アーリンのすぐ後ろについていたマーファとフレットにはわかった。

 新しい扉の開く音だと。

 そして小精霊の見えない者でも理解した。

 アーリンが先頭を歩いているように見えても、その先には小精霊がいるのだと。


 ゆっくりと開く扉から淡い光が通路に伸びてくる。

 ようやく不安な暗がりが終わったと、安堵したアーリンたち。

 しかし、その目に飛び込んできた光景に新しい不安を感じずにはいられなかった。

 いくつも立ち並ぶガラス製の柱。

 その中には液体のようなモノが満たされている。

 そこに何かの生物の肉が浮かんでいる。

 いったい何の肉なのか? そしてそれはどうやって混入したのか理解が及ばない。

 わからないという不安、この場所も目に見える物もわからないという不安が空間の空気を重くする。

 不思議そうに見るマーファたちだったが、アーリンの顔色だけが優れない。

 アーリンの眼は、この世にある全てを見通す万能眼。

 この液体に浮かぶ肉の塊が何なのか、もうすでに分かっているのだろう。

 だが、一向に口を開こうとしない。


 正確には口を開くことができないのだった。

 さっき食べたサソリの匂いが、胃の中からせりあがってきている。

 咽頭付近に酸味が広がり、抑えていないと胃の内容物が逆流してきてしまう。

 目に映し出されるものを見て、こんなにも不安になるのは初めてのことだ。

 何かがわかるという誰よりも優れた眼を、こんなに忌々しく想ったことも初めての経験だった。

 アーリンに視線が集まる。

 いったい自分たちの見ているものは何なのか?

 そろそろ説明をもらえないかという、不安に満ちた視線。

「は……っ!!! ぅぇぇぇぇ」

 視線に答えようとしたアーリンが嘔吐し始める。

 不愉快な臭いが仲間たちにも届くが、心配よりも不安のほうが強い顔をしている。

 あのアーリンが、理解しただけで吐くまで至ったモノ。

 それはいったい何なのか?

 未知への恐怖が空気を支配していた。


「……っ!! はぁはぁはぁ……ゴメンみんな」

「……いや」

 それよりも答えを。そうは言えない雰囲気をアーリンが見せるが、それは無理だと皆の顔が言っていた。

 大きく呼吸をして、再度吐き気に襲われないかを確認したアーリンが意を決する。

「あの中身は……」

 言いたくはないという表情を隠しながら、アーリンが口を開く。

「……え?」

 アーリンが何を言っているのか理解できない。

 答えを聞いて、水中に浮かぶ肉の塊を見ながらアーリンが口にした言葉の意味をもう一度考える。

 そんなことはあり得ないだろう。

 誰もがそんな顔をしていた。

 さっきまで抱えていた不安さえも忘れてしまった顔をしている。

 そう、だってあり得ないのだ。

 マーファは何度もアーリンとガラスの中の肉を交互に見る。

 動揺で言えば、マーファが一番動揺している。

 信じられない、信じたくないと。だがアーリンはそんなウソは言わないのも知っている。

 マーファは空いたままの口を閉じることができない。

 

 フレットも信じられないと思いながらも、何とか問いただすことができた。

 それはフレットだけは、どこかでそんなこともあるかもしれないと思っていたからだ。

「アーリン……もう一度聞きますよ? これがなんだって?」

「……精霊」

「せい……れい」

 自分の知る大精霊がこんなにも物質的であるはずがない。

 そう否定したくなる一同の中で、フレットは確信を得たという表情をしている。

「これが、エルフの精霊なんですね?」

「……ああ、間違いない。俺の眼は、……これを小精霊だと言ってる」

「これが師匠の創ったモノ……ですか」


 それを聞いた誰もが理解できていなかった。

 見たこともない小精霊が、アーリンが美しいものだと語っていた小精霊が、こんな風に生まれているのだと、理解できないからフレットの言葉にも理解が及ばなかった。

「……。……、フレット」

 アーリンすらも一瞬聞き流すところだった。

 他のメンバーより、多少は落ち着いていたというのに。

「はい」

「お前の……師匠って、まさか」

「はい。私にボクシングを与えてくれたのは、間違いなくエルフの方です」


 考えれば、それ以外にあり得ないだろう。

 小精霊が扉を開けて、迎え入れた場所なのだから。

 この場所に、自分たちが訪れた理由も今になってようやく思い出す程、皆が動揺していたのだった。

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