124話「サソリ」
「……」
アーリンの拳の先、岩山のくぼみにガーランドが座るように倒れている。
「はぁ~。ようやく勝てた」
しばらくの残心のあと、アーリンは全身で息を吐き勝ち確信し安堵する。
戦闘の余韻は残るが、段々と脳内は戦闘から通常の状態へと帰ってくる。
身体の節々、ガーランドの刃に当てられた部位が痛みを訴え始める。
「いたたた」
脳内物質が本格的に引いていくと、どれほどガーランドが強敵であったかを思い知る。
そして、よくぞ勝ってくれたと自身の身体を讃えるアーリンがいる。
ただ心身ともに疲弊するアーリンはその場に倒れ込むように座り込む。
「アーリン!!」
決着を見届けたマーファたちも駆け寄ってくる。
その中にひときわ大きな身体を持つものもいる。
「アーリン!」
「おー、タメエモン。無事だったか」
「あア」
強敵に勝利したアーリンを讃えたい気持ちと早々に戦線と離脱してしまった申し訳なさが混在する何とも言えない表情のオーガーに、アーリンは笑顔を見せる。
「何だかお前のほうが元気そうだな!」
「! ……ハハハ! そのようダ」
「……いや、マジでオーガーの身体はすごいんだな」
よく見ると、確かにガーランドに斬りつけられて気を失ったタメエモンではあったが、今は駆けることができる。
しかも流れていた血もほとんど止まっている。
種族による身体構造の違いを目の当たりにして、アーリンは改めて自分と仲間たちの違いを知るのだった。
「アーリン、どうするの?」
マーファが傷の手当をしながら、ガーランドに目を向ける。
ガーランドが力なく座り込んでいると言っても、ただ気を失っているだけで生きてはいる。
ガーランドは間違いなくアーリンを殺すために刀を振るった。
であるなら、アーリンがガーランドの命をとる判断をしても何の問題もない。
むしろ仲間たちはそうするべきだとアーリンに視線を向けている。
「……ん~。どうするか、か」
仲間たちの理屈もわかる。
確かにガーランドは、以前のアーリンに甘いと言っていた。
たぶん勝敗が逆転していたなら、ガーランドはアーリンに止めを刺す判断をするのだろう。
アーリンを守るために、マーファたちが倒れていたかもしれない。
それは今後も起こりえる。
エルフと対峙するのは、もはや明確。
強敵であった彼を見逃がす判断は、いつか仲間を奪われることに繋がるだろう。
「仕方がない……っか」
後顧の憂いを断つ。
それもこの世界を救うことに繋がるのかもしれない。
アーリンが意識をガーランドに向けた時だった。
ガーランドに向かう悪意の視線があった。
ガーランドだけにではない。
自分たちにも同じように、悪意を向ける視線がある。
二つの勢力に同じように、同等の殺意を向ける存在。
生者を憎む悪意の視線。
「魔物だ」
「!」
アーリンの一言で、マーファたちは周囲を警戒し始める。
そして魔物を見つける。
鎌首を持ち上げ、岩山を全身で覆う蛇の魔物。
大きく岩石のように固い鱗を持つであろうヘビの魔物が舌を出して、こちらをうかがっている。
音を上げて大きく開いた口からは、特徴的な二本の牙が見えていた。
そして尻尾を振ると、金属をこすった様な嫌な音が響く。
「毒ヘビだな」
アーリンはまだ悲鳴を上げる全身に鞭を打ち、立ち上がる。
ガーランドとヘビの魔物の連戦。
厳しいと嘆くわけにはいかない。
アレは生者を憎むもの。
すべての生者の敵なのだから。
立ち上がるだけで、よろけてしまうアーリンも戦闘態勢へと動き出す。
その瞬間は、アーリンはヘビの魔物へ意識の全てを向けていた。
そして見落としたのだ。
後方から襲い来る黒い影を。
「っ! 兄貴!!」
後ろへ意識の向いていないアーリンを突き飛ばすようにアディが割って入る。
アディとともに弾き飛ばされたアーリンは何があったのかと視線を動かす。
「っ! ……マジか」
そこにいたのは長い尻尾を持ち上げ、両方についたハサミを大きく開いて威嚇する魔物の姿。
アーリンの意識の中から外れていた、あるカテゴリーの生き物の魔物化。
「サソリの……魔物」
考えてもいなかった、いや、考えないように排除していた節足動物というカテゴリー。
アーリンの表情が歪む。
蛇蠍のごとくという言葉にある様に、アーリンはその共演を嫌った。
もともと持つ毒という性質。
それが魔物化したことで、どのように変質したのかわからない。
例えばそれがわかった時には、自分たちは生きていないかもしれない。
最悪だった。
だが、それを口にはできない。
この世界は人の想いを反映しやすい世界だ。
特にアーリンの言葉は要注意だ。
変革者として産み落とされたアーリンの言葉は、顕著にそれが出る可能性が高い。
万素が言葉に触れた時、何が起こるか未だにアーリンたちもわかっていない。
大精霊もそれについては、確信を触れないからだ。
だから言えない。
言えないが、最悪の未来が見えたのも事実だ。
再びあの言葉を言ってしまうところだった。
改めて訪れた世界終了のお知らせに、アーリンは見えたのだ。
節足動物の魔物化。
それは地上で最も多様性に富んだ変化を見せつける生物のカテゴリーが、魔物化するという事実なのだから。
クモや昆虫、食物連鎖のあらゆる場所で魔物が登場するという示唆。
「だとしても、サソリはないよな」
「本当ね」
アーリンたちは、気を失っているガーランドを守らないといけない。
魔物が生き物を殺したという事実が、世界にどんな影響を与えるか。
それもわかっていないのだから。




