121話「面白い」
「どうしたアーリン。お前も随分油断……いや、余裕があるじゃないか」
「なにぃ?」
ガーランドの軽口がかんに障る。
油断なんかできるはずもなく、余裕なんて欠片もない。自分の認識とほ逆のことを語りかける、これは戦術なのかと意識してしまうことすら煩わしい。
「……あるんだろ? 早く使って見せてくれ」
「だから何が!?」
「……魔法だよ」
「っ!?」
感情的になって相手のペースで会話をしてはいけない。エルフの森で外交部門のトップを務めている養母の言葉が思い出される。
動揺を相手に悟られてはいけない。エルフの森……いや、世界最強の男の言葉が思い出される。
思い出したとしても、咄嗟の反応は止めることができない。鏡をみなくとも分かる。自分が動揺していると。
そして知られてしまった。いや、確信させてしまった。
魔法という対エルフのアーリンの切り札。
「っ! ……なんで知ってる」
「フフ。二度も勝った相手だからと殺さなかったのは悪手だったな」
「……」
「リルトはいい情報を持ち帰ってくれた。おかげで長老衆は大騒ぎだ」
心底面白かったと言わんばかりの歪んだ微笑み。
アーリンにリルトという名前の人物に心当たりはない。
だが、魔法を見せてしまったエルフには心当たりがあった。
アディの前で、魚人の集落に続く入り江で再会したエルフ。
アーリンと共に成人を果たしたあのエルフ。
ただ感情のまま殴り倒したあのエルフ。
どうやら無事に帰ったようだ、エルフの森に。
だがガーランドにとっては、そのリルトが帰ってきたよりもアーリンが魔法を使うという情報を持ち帰った方が重要らしい。
「俺なら迷いなく殺しているが……あの獣が随分と優しくなったな」
「つまらない仕事がようやく面白くなりそうだ。お前を斬れば、あの人に挑めるのだから」
ガーランドは刀を鞘に納めて、再び必殺の構えをとる。
なるほど。
苦々しい感情がアーリンに沸き起こる。
確かにガーランドがこの場にいるのは、たまたまなのだろう。
アーリンを相手にするのは、行きがけの駄賃のようなものだ。
本来の目的のついでに、アルテア・ポーラシュルテンに挑む条件も果たそうというつもりらしい。
ガーランドにとって、自分はまだまだ敵にはなり得ないとでも言いたいのだろう。
あの成人の儀の惨劇を目にしても、冷静に自分の実力に届いていないと言いたいのだ。
確かに、あの時点ではアーリンの実力はガーランドには届かない。
それはアーリン自身が理解している。
確かにガーランドの刀は重く鋭い。
だが、ドワーフに鍛え直してもらったガントレットを切り裂くほどではない。
「……余裕かましてるのは、お前だ。ガーランド!」
アーリンはガーランドを目にして初めて構えを取った。
視線はガーランドと同じ。
前傾姿勢ではなく、重心は正中線の下にある。
電光石火の一撃を狙うガーランドとその一撃の無力化を狙うアーリン。
周囲に敵がいるというのに、目標はアーリンだけに絞られている。
もはやアーリン以外はガーランドの視界には入っていない。
アーリンの視界にはガーランドの意識する太刀筋が映っている。
先ほどと同じ大上段からの唐竹割り。
やはりそうだ。
アーリンはガーランドに対する恐怖を怒りで上書きする。
自分はどこまでこの男に舐められているのか?
一人の拳士として、目の前のエルフを許しておくことはできない。
自分を最強に挑むチケットだと勘違いしているこの男に。
アーリンの視界が怒りによって狭窄しようとした刹那。
アーリンの視界を濃い藍色が覆う。
瞬間アーリンは目の前の藍色を握る。
本来なら聞こえるはずの短い金属音の前に、ミシッと何かが鳴った。
鞘ごと刀身を握りつぶそうとするアーリン。
しかし、一泊速くガーランドの抜きが完成する。
刀身がひるがえって重力の方向へと走り出す。
同時にギャリギャリと不愉快な音があたりに鳴り響いた。
それはガーランドの刃がアーリンのガントレットに打ち付けられた音。
ガーランドの刀が地面に向かう代わりに、アーリンの腕が登っていく音。
「ッチ!」
ガーランドの舌打ちのあとガーランドは短い旋律を歌う。
『精霊よ、空気を爆ぜさせておくれ。いつもの通りに』
エルフの使う精霊術の旋律。
ただ違うのは、何度となく繰り返した事象を呼び起こすために無駄を省いた旋律だった。
短い破裂音がしたと思うと、ガーランドの刀が跳ね上がりアーリンを襲う。
そして急激な空気の膨張によりアーリンの体勢がわずかにブレる。
『我願う、水刃よ、ここに!』
アーリンの乱れた旋律が響く。
最もアーリンが使用してきた水の魔法。
水球を呼び出し、刃に変えて敵を切り裂く魔法。
不完全でも使用可能な唯一の魔法をアーリンは放つ。
刃同士の激突は回避不可能なタイミングのガーランドの刀をわずかに押し留める。
だが、ガーランドの刀はアーリンの魔法を切り裂き、鮮血が飛ぶ。
「……なるほど、面白い」
「……」
初めて見る脅威にガーランドの心が躍っている。
対するアーリンは手のひらから滴り落ちる血を握る。
手のひらはわずかに斬られただけ。
しかしだ。
ガーランドの刀のほうが、鋭いことが証明されてしまった。
……アーリンの口角が少し上がる。
ガーランドが刀を抜き放ったのに、斬られたのは手のひらをわずかばかり。
あの時到底かなうわけが無いと諦めた遥かな高み。
それをもってして、わずかな切り傷で済んだのだ。
「ふふっ」
「何がおかしい?」
ガーランドの視線はアーリンがおかしくなったのかと問うている。
「なに、ようやく俺も面白くなったところさ」
アーリンの眼から恐怖も怒りも必要がなくなった。




