11話「自分の技」
翌日いつもの修練場に向かうと、珍しいことに師匠が到着していた。
武術を習い初めてから、はじめてのことが起きた。
あり得ないことを体験すると、人の本性は出やすいもので、アーリンは師匠が偽物ではないかと、警戒を最大限に強めた。
傍らに姪のマーファがいるので、間違いなく自分の師匠だと言うのに体感で十分以上木の影から様子をうかがっている。
ハーフエルフの少女は、未だに現れないアーリンにしびれを切らしている。
師匠のアルテアはアルテアで、(あいつも子供らしい遊びするんだな)などといるのがわかっているにも関わらずあえての放置を決め込んでいる。
ようやく偽物ではないと判断したアーリンは、さも何事もなかったかのように二人の前に出る。
やっとかと、マーファが怒りを小出しにアーリンに突っかかって行くと、師匠の言葉でアーリンの腹に少女の拳が突き刺さる。
「かくれんぼはもういいのか?」
と言う言葉と同時の出来事だった。
◇ ◇ ◇
「今日はな、武の本質を体験してもらう」
そう言って二人に弓を持たせると、ついてこいと森の奥に誘う。
武の本質と言う言葉に、子供の二人はやや緊張気味だ。
それを感じ取ったように、先に行く師匠は軽い調子で目的を話し始める。
「あ~、大層なこといったがそんなに構えなくていいぞ、早い話が狩猟させるだけだから」
その言葉に少女は緊張をほぐす。
しかし、アーリンはまだ緊張を顔に張り付けたままだ。
「アーリン、お前まさか、狩猟初めてか?」
師匠の言葉に唾を飲み込みながら頷くアーリン。
「まったく! あの婆の過保護っぷりにゃ呆れるな」
エルフの里では、森に暮らす特性上やらなくてはいけないものがある。エルフという種族唯一の共通認識で、仕事としているものだ。
それが狩猟だ。
適度に間引きをしないと、住める森ではなくなってしまう。
肉食獣が極端に増えると、草食獣が減り森の木々を間引く存在を失ってしまい森林管理の手間が増える。逆に草食獣が増えすぎると森の中心が枯れ外に広がり住居を移すことになる。
年に何回か当番を決め、調査と狩猟を季節ごとに行うことで森のなかにすみ続けることが出来ている。
もちろん森の外の住人との兼ね合いもあるため、ある程度打ち合わせもするが、森で狩りをするのはもっぱらエルフである。
その代わりエルフは、草原での狩りを一切行わない。
エルフにとって狩猟を教えるのは、生活動作を教えるのと同じ意味を持つ。
弓を引ける年齢になれば、誰しも行う行為。
それをエルフの里に住むアーリンが、初体験ともなれば大人の師匠は呆れるしかなかった。
「まったく困った婆だな」
言葉のわりに軽い調子は変わらなかった。
しばらく進むと、師匠が無言のまま二人を手で止める。
今日はじめての獲物を見つけたようだ。
手本を見せるように、ゆっくりと弓を引き放つと同時に精霊術を行使する。
矢は枝先に止まっている鳥の首に命中し、鳥を地面に落とした。
鳥は未だに羽を羽ばたかせもがくようなしぐさを見せる。
アーリンの眼には鳥の命が空に上るのが見えている。
師匠は介錯をするように、頭を落とす。
「いいか、これが武の本質。命を刈り取る行為だ」
経験のあるマーファは、改めて意識したように息を飲む。家事の手伝い程度に認識していた行為の本質に気が付いた。
アーリンもその行為の意味することを知った、いや、思い出した。
前世であっても形は違えど、肉を食べるとはこういうことだと。
「武術を突き詰めれば、相手を殺すことができる。それを知っているかどうか、その差が勝敗を分けることもある」
師匠はあくまでも武術とはと言う話をしている。
幼い二人とは違う。
しかし、本質は変わらない。
命に対する心構えの話をしていた。
「さあ、やってみろ」
師匠は二人に促す、命を刈り取れと。
二人は再び緊張した面持ちで、周囲を見渡す。
アーリンの眼に命の反応が写る。
矢を番えるが、弓を起こすことができないでいる。
見かねたマーファが、自分の弓を起こす。
放った矢は、アーリンが見つけた鹿目掛けて真っ直ぐに飛んでいく。
少女は、先ほどの話を意識するあまり忘れていた。
精霊術による威力の向上と着弾点の調整を。
命中したが、その矢は命に届くことはなく獲物を傷つけるだけに留まる。
それを見たアーリンは、とっさに矢を放つ。
起こしきれず右に逸れるはずの矢は、背を向けた鹿の首に突き刺さる。二本とも。
「アーリン、お前……婆に弓を習ったな。武は俺に任せるとか言いながら自分の技は教えたか」
アーリンには、なんのことかわからない。
「いや師匠、習ってないよ」
アーリンは事実だけを伝える。
とっさの行動だったと。
「さっきのを自分で思い付いたのか?」
頷くアーリンを感心した様子で眺め、口から言葉が漏れる。
「血は繋がらなくても、親子なんだな。お前たち」
アーリンが何を言われてているのか、わからないと答える。
「ああ、そうか。さっきの連射な、婆の得意技だ。もっともあの婆は四連射だけどな」
アーリンが行った弓を寝かしたまま、スリングのように連射する弓の撃ち方をするエルフはいない。
ただ一人、戦場において新緑の貴婦人と称された養母以外には。
射形を見せない高速の四連射、そしてそれを切れ間なく行いながら歌うように精霊術を行使する姿はその容姿も相まって貴婦人のように見える。
何より彼女は、自分の身を血で濡らすことはない。
彼女の歌を聞くものは、彼女に肉薄することもできずに倒れていく。
衰えぬ容姿と血で紅葉しないその姿は、いつまでも新緑と呼ばれる。
おもむろに師匠は、アーリンの頭を撫で付ける。
「そいつは覚えておいて損はない、頑張ってモノにするんだ」
破顔する師匠につられ、アーリンも笑顔になる。
少女は一連の光景を眼にして、陰を落とす。




