118話「国」
世界の中心と呼ばれるクラウロース王国からみて、はるか西方にその国はあった。
神聖王国と亜人たちが呼ぶ、亜人たちだけの王国。
多種多様な亜人たちを保護し、病的なまでに人種の流入を拒む最も新しい王国。
果ての荒野と呼ばれる何もないと思われていた土地に、人種とは相いれない国が出来たのだ。
建国当初は何もない果ての荒野に、亜人たちが我々のマネをして王国ごっこをしていると嘲笑うものが多かった。
あんなところに集まってもたかが知れている。2年もすれば厄介な亜人たちが勝手に土に還ってるだろうと。
しかしそんな人々の予想を覆し、何もない土地で亜人たちは生き抜いているという噂が流れ始める。
オーガーという亜人は、身体も大きく力も強い。
人種に比べれば、その力は絶大だ。
何よりも人種を食べると言われて、昔から恐れられていた。
ゴブリンという種も侮れない。
小さな身体で攻撃性も強く、意志の疎通が取れない。
一個体ではそれほど脅威ではないが、身体の大きい上位のゴブリンが統率すれば素早さで敵わない人種はたちまち取り囲まれ、一網打尽にされてしまう。
魚人族は滅多に人種の生活圏には現れないが、海運業にとっては警戒しなくてはいけない亜人だ。
彼らがやろうとすれば、どんな大きな船団であっても気づかれることなく各個撃破できるのだから。
そしてバンパイア一族は、冒険者組合に最も警戒されている亜人種だ。
一見すればただの人種と変わらない姿かたち。
森や荒野で出会っても、ほかの冒険者と区別がつかない。
しかも彼の亜人たちは、人種を小馬鹿にするのが何よりも大好きなのだ。
街道で冒険者や商隊に紛れ込んで、眠らせ物品を強奪するのは序の口。
魔物がはびこる森や草原でも同じことをやってくる。
装備品や生活必需品、冒険者の狩った魔物から採れる魔石や毛皮など。
略奪の種類と場所を選ぶことは無い。
国や地域によっては手配書が並ぶことも珍しくはない。
バンパイヤの行動のせいで、国境線が荒れると言われるほどだ。
◇ ◇ ◇
「くくく! 今日も大量大量!」
まったく人種のやつらは、美味しい元気を分けてくれる。
騙しておちょくるのもいいし、真面目に相手してやってもいい。
こうして奴らの持ち物を奪っておけば、また美味しい元気を分けてくれる。
我ら一族の恰好の餌である!!
「モラン伯爵、どうしてここに? ……またやりましたね?」
「っ! ふ、フレット殿……いや、違うんだ」
「何が違うんですか? その手に持ってるものは?」
我の手には、人種の旅人から奪った剣がある。
うむ、確実な証拠ではあるな。
「また仕事をほっぽり出して……部下の方たちを見習ってくださいね」
「ぅ……うん? 部下を?」
あーーーーー!!! あいつら逃げやがった!!!
信じられん! 我を唆すだけ唆しておいて!!!
自分たちはさっさと逃げるなんてこと許されるのか??
……我は絶対に許さん!!!
「聞いているんですか?」
「あ! あぁ、もちろん! もちろん聞いているよ。友よ」
「でしたら、仕事をしてもらいたいんですけどね? 陛下に命じられた仕事を」
「もちろん、それもやっているさ。……」
「目が泳ぎましたね? だいたい今日あなたがいなくてはいけない場所はここではなかったはずですよね?」
そうだ。
この城からはるか離れた荒野の一角が今日の仕事場だ。
我らバンパイア一族は、その土地の元気を調べる仕事をしている。
開発可能な元気がある土地。
農地の選定作業を任されている。
仲間内では、オーガーに続く外れを引いたと笑われたなぁ……。
まあ、実際は我ら一族はそれほど戦力を持たないし、国境警備に比べれば我ら向きな仕事をさせてもらっている。
だがなぁ……。
「食事をしない我に、農業大臣とか陛下は正気なんだろうか?」
「正気でしょうね。タメエモンにも聞かれましたが」
「国の運営……大丈夫なんだろうか?」
「ダークエルフの方々もいますし……それよりも」
「……わかったわかった。行ってきます」
正直サボりたいのはやまやまだが、そうも言っていられない。
この国は立ち上がったばかり。何もかもが足りない。
陛下やタメエモン殿が、人種の国から調達してきている救荒植物の苗や種を植えるにも土地を選定しなくてはいけないのは事実なのだから。
だいたい、国を作るには不向きなのだ。
この万素のない、魔素に染められた土地では。
大地の女神……大地の大精霊様の御力を取り戻すためとはいえ、なんでわざわざ。
……まあ、それも近道の一つとは言え、無茶を命じる陛下だ。
◇ ◇ ◇
「ふむ……そこそこの元気を有する土地ではあるな。……だがなぁ」
「ハクシャク! 働ケ!!」
「ギャッギャッ!!」
この荒野……なんでこんなに魔境なんだろう。
オーガーやゴブリン……いや、コブリンたちが魔物たちと戦っている。
動物系の魔物なら我も戦いようがあるのだが……。
「植物系は苦手なんだがなぁ」
魔素に染め上げられた土地では、何とか育てた植物も魔物化する事例が報告されている。
若い木々なら、ぶん殴れば処理は簡単だ。
しかし多年草の植物などは魔素の蓄積によって、凶悪で凶暴な魔物に変貌する。
「我、特に白骨を抱えてる植物は大の苦手なんじゃ」
「イイカラ火ノ魔法!!」
「ギャッギャ!」
「はぁ……」
ああ、我も大地の大精霊様と一緒に飛んでいけばよかった。
黒煙昇る空を見上げるバンパイアの胸中には、かつて別れた白い鷹の姿あるのだった。




