117話「先代」
「……」
あの夢を思い出す。
泣いていた少女の顔。
ホラーテイストの夢で出会った少女、不思議と嫌いになることができず、何の疑いもなく守りたいと想った彼女。
誰からも好かれないと、嫌われたくないと泣いていた彼女の姿。
なるほどとアーリンは想う。
ドワーフの最大の遺産、この世界にあってはいけないはずのTLHC。それが動かない理由がようやくわかった。
あの装置が建設された理由。
それはドワーフたちが元の世界に帰還するための実験装置。
ドワーフもこの世界を受け入れることができなかったのだろう。
どうにか生まれ落ちた世界へ、住み慣れた故郷へと帰還を願って創り上げたのだ。
今の文明レベルにあってはいけない、巨大な建造物を。
嫌われたのは、科学ではない。嫌われたのはドワーフの願いではない。
嫌われていたのは……ドワーフたちから見た世界だったのだ。
この世界は簡単に言えば、意志ある者たちの願いを叶えることのできる世界だ。
もちろん理不尽なこともあるだろう。
納得できないことも起こるかもしれない。
それでもアーリンの記憶にある異世界でもそんなことはいくらでもあった。
あの厳しい世界に比べたら、想いだけでも聞いてくれるこの世界は、意志ある生物に優しい。
だから守りたいと想うのだ。
もちろん生まれ落ちた世界で、この世界で生活するしかないという現実もある。
それでも守るに値する世界だと信じたい。
養母も師匠も……エルフでさえ、アーリンをどう思っているのかわからない者たちがそこにいたとしても、アーリンは守りたいと想い願う。
この世界をどうにか続いていく未来が欲しいと。
「なんで……なんだろうな?」
アーリンはわからない。
例え自分にふさわしい居場所ではないとわかっても、そこで生活をすれば多少なりとも愛着は沸くはずだ。
あの苛烈で閉塞的なエルフの里でも、アーリンは無くなってほしいとは願わない。
居場所がないのなら、そこから出て新しい居場所を見つければいいだけなのに。
目の前のバンパイア一族のように。
元の世界に居場所がなくなり、流れ着いた世界で安息を得ることは可能だったはずなのに。
世界が……彼女があんなに泣き散らすまで嫌う必要は……本当にあったのか?
「ああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
アーリンは叫ぶ。
教えてほしいと。
そんなに以前の居場所は輝かしかったのか?
それ無しでは、個を保つことはできなかったのか?
新しい居場所を形成するのが、そんなにも嫌だったのか?
お前たちはどんな楽園に住んでいたんだと、叫んでしまった。
「あ、ゴメン」
「ううん、ありがとう」
自分の取った奇行を謝罪するアーリンに対して、礼を言う大精霊。
彼の憤りがどこに向いていたのかを理解したのだろう。
世界に対して怒る。世界になじめないと見限った人物に対して世界をかばう怒り。
そんな人物はそうはいないだろう。
アーリンの認識を理解できる人物は少ない。
「……そして、何故か地上で幾つか私でも見えない地点ができた」
「っ!!? それは本当なのですか?」
大精霊がウソを言わないとわかっているフレットでさえ、思わず聞き返さずにはいられない言葉。
静かに首を下げる大精霊は、さらに言葉を繋げる。
「それが1000年ぐらい前。その頃から次第に私の見える、知ることのできる範囲は段々と狭くなっていったわ」
「フレットが炎の大精霊に捧げられたころか」
「……師匠、先代の変革者と出会ったのもその頃でした」
フレットは苦い顔をする。
思えばあの場所に外から人が来るなんてそうそうないことだ。
大精霊と変革者の関係を知ってしまっていたから、何の疑問も警戒もしなかった。
だが、大精霊の膝元であんな言葉を口にできるなんて、今にして思えばまともな精神状態ではないのは明らかだ。
調べていたと考えるのが普通だ。
大精霊がどんな姿で何を司り、権限をはく奪もしくは殺傷できる存在なのか調べるために確認しに来たのだろう。
それが済んだから自分の前から姿を消した。
調査が済んで準備が終わり、そして今がある。
フレットの感情の中の後悔が色を濃くする。
あの時であったらまだ簡単に世界の危機を排除できたのではないか?
自分が未熟でなかったら、警戒心の欠片でも持ち合わせていたら……もしかしたら。
アーリンの顔を見ることができない。
大精霊ももちろん見ることができない。
フレットは下を向くことしかできなかった。
「じゃあ、調べるのは最初に知覚できなくなった地点ってことになるな」
アーリンの明るい声が響く。
何の手掛かりもなく、あてのない旅だった。
こうして3人目の大精霊に出会ったのだってアーリンにとっては偶然でしかない。
ようやく何かが起こったであろう場所の情報が出てきた。
世界を救うなんて口にしながら、万素が減っているということしか知り得なかった。
それが何が原因なのか知れる機会を得たのだ。
フレット以外の仲間たちの表情は明るい。
「フレット、お前の師匠が何を考えてたかわかるぞ!」
アーリンはフレットを責めることはしない。
「……ええ」




