116話「世界」
「とまぁ、動物だけじゃなく植物性の元気も認識出来たおかげで、周囲の村々への影響も少なくなったというわけなのだ。……それとだな、デザー、いやマハとやら」
「なによ」
ひと先ず話すべきことは話せたとバンパイアが視線を落とす。
知らなかったことにしておけば、穏便に過ぎること。
だがアーリンとマーファ、2人の激情とも言える殺気を受けて、思うところがあったのだ。
これを話すだけで、不利になってしまう話。
「おぬしの母親の敵……確かにバンパイアなのだな?」
「ええ」
迷いなく返事をするマーファを見て、彼女は確信があるんだと理解した。
これから話すモノに確証などありはしない。
だが、事実は事実として話しておかないと、後で判明したときに、一族の不利益になることだけは、確信がある話。
「バンパイアなのだとしたら、おぬしの敵……心当たりがある」
「へぇ~」
感心したような、驚いたようなマーファの返事。声色にまで殺気を乗せられる人物を初めてみた。
恐ろしい。恐ろしいからこそ、ちゃんと伝えないといけない。
かつての仲間を売ることになっても、今自分のもとに残ってくれている同族を保護しなくてはいけない。
それが今は矜持しか残っていないとはいえ、自分という貴族の在り方なのだから。
失ったとはいえ、錬金術で財を成した大貴族。
その末裔として最後に残った財産なのだから。
「お話はひと段落かしらね?」
「ああ」
目のまえのバンパイアが敵ではない。
その事については、全員が認識を共有できた。
マーファだけはまだ少し時間がかかるだろうが、詳細を聞けば納得するはず。
「それじゃ、今度は私の番ね」
バンパイア一族がここにいる理由はわかった。
これからはアーリンたちの旅の目的に関わることだ。
目の前に敵がいなくなったとはいえ、現在進行形で世界は滅びに向かって歩み続けている。
水の大精霊も炎の大精霊も理由がわからなかった。
だが、この口ぶり。
大地を司る大精霊には心当たりがあるのだろう。
「端的に言えば……原因は、先代の変革者のせいよ」
「っ!?」
「まさかっ! そんな……」
一番の反応を見せたのはフレットだった。
かつて自分にボクシングを教えた師匠でもある先代の変革者。
それが自分たちの旅の目的だと言われて、何とも言えない表情をしている。
炎の大精霊の守護者、大精霊の力の発現者であるフレットの胸中は複雑だった。
あてのない旅路、目的が出来ることは喜ぶべきことだ。
世界を救う。
そんなアーリンとマーファに協力しようと、今度は炎の大精霊を守り切ろうとともに旅をしてきた。
師から教えて貰ったボクシングをゴブシングと昇華して。
体得した拳は誇るべきものだ。
今この世界で唯一の拳。
だが、この拳があるという事実が、世界の崩壊という事実を示している。
信じたくはない。
だが、大精霊は嘘をつかない。
アーリンの眼にも真実だと映っているだろう。
そして、どこか納得している自分がいることも認識している。
あの師匠が言葉の端々で言っていたのは、この世界への怨嗟なのだから。
元の世界へ帰りたい。
こんな世界で死にたくはない。
この世界で次代を育成なんかしたくはないんだと、彼は事あるごとに言っていた。
そして彼は、変革者だったのだ。
変革者の言葉は、この世界では特別な意味を持つと炎の大精霊は言っていた。
変革者の言葉とは、世界を、次の世代を導く道しるべ。
そして言葉の性質には差がない。
悪意を持つ言葉のほうが……はるかに強い。
ボクシングを教えていた笑い声の混じるあの言葉たちよりも……。
「……フレット」
「あ、いえ……大丈夫です」
大地の大精霊やアーリンたちの視線が自分に集まっているのがわかると、フレットは心を押し殺す。
かつての師匠が何を想い、何を考えてこの世界を崩壊に導いているのかはわからない。
だが……今の仲間、当代の変革者たるアーリンは世界を救いたいと願っているのだから。
せめて今回は、変革者の助けになろうとともに旅に付いてきたのだから。
「……精霊は、各々任された領域というモノがあるわ」
フレットが大精霊に話の続きを促すと、大精霊はわずかにうなずいて話始める。
「水なら水辺や水中の出来事、炎なら人々の生活のありようを観察できる。私なら地中の出来事や大地で起こる出来事を知ることができるわ。……今はその領域に繋がる時間も減っているけどね」
本来の大精霊の仕事。
それはこの世界で何が起き、何がなされたかを知ること。
その共有を万素という伝達物質で伝えているのだという。
「……誰に共有してるんだ?」
「それは、世界そのものとよ」
「世界……?」
大精霊の答えは、アーリンの予想していたモノとは少しだけ違った。
アーリンは万素の行き着く先は、あの神様だと考えていたからだ。
だがそうではないらしい。
前に聞いた過去のドワーフの言葉を思い出す。
まるで世界を擬人化したかのような言い回しを。
似たことを大精霊が口にしたのだ。
「世界って……何なんだ?」
「ゆりかごであり、神様そのもの」
そう言った大精霊の顔。
それが誰に似ていたのか、アーリンは思い至った。
彼女に似ている。
夢であった……泣いていた少女に。




