114話「不完全」
「不完全な完成品だったんだろう。我らが一族が生きているだけで、数万という数の人々の生気が必要になることがわかった」
夢のような効果をもたらす賢者の石。
魔法のような効果をもたらす霊薬エリクサー。
絶大な効果をもたらすが故に、その副作用もまた壮大なものだったのだ。
わずか二十人足らずの服用者が生活しているだけで、都市人口でもある数万人がみるみる衰弱していったのだという。
最初はただの倦怠感、疲れがたまっているような感覚を訴えるだけ。そこから日が経つにつれ昨日まで働いていた者が起き上がれなくなり、段々と病床に伏せる者が増えていった。
そして都市機能が崩壊し、都市一つが地図上から消えたのだ。
原因の特定は早期に判明した。
もちろんバンパイアの一族がいるせいだと言うのは、誰の目にも明らかだ。
実験を危険視した勢力とそれでも不死への渇望を求める権力者の闇の闘争が始まった。
都市が一つ無くなったというのに、権力者が不死を求める性質はどうにもできないのかもしれない。
もしかしたら不死への渇望を潜在的に有しているからこそ、権力を求めるのかもしれない。
そんな自嘲気味に語るヴァンパイアの言葉に、アーリンは飲み込まれていた。
自分が過去にいた世界とも違う異世界の話。錬金術というもはや空想でしか存在しえない話。
それが真実だと自分の眼は言っている。
神から授けられた万能眼が、彼の話を肯定している。
「待ちなさいよ」
だが、この場において真実だと誰もが信じて疑わない状況に異を唱える人物がいた。
「あんたの話……矛盾してるじゃない」
ヴァンパイアという種族の前情報を持っていた唯一の人物。
彼らは自分の母親の仇だと信じて疑わなかった人物。
「……マハ姉」
マーファはヴァンパイア話を最初から疑っていた。
何故ならばあの日、母親が村から出ていった日。
近隣に住み着いた化け物を退治してほしいという村長の頼みで出ていった母は……間違いなくヴァンパイアという種族が率いる軍勢と戦うために出ていったのだから。
「数万人が緩やかに死んでいった……そう言ったわね?」
「あ、ああ。そうだ」
アーリンの眼にはマーファの問いかけを肯定するヴァンパイアの返事が真実に映っている。
だが、マーファの問いかけを聞いたタメエモンが明らかな警戒を示した。
タメエモンは気が付いたのだ。
マーファの言わんとすることが。
アーリンでも判別できなかったヴァンパイア矛盾に。
「だったら……あの村の人、何回犠牲になったの? 何人が死んだの?」
鋭い視線のマーファの新しい問。
それを聞いてアーリンたちの視線が注がれる。
いったいどうやってアーリンの万能眼を欺いたのかわからない。
だがしかし、確かにおかしいのだ。
都市一つを壊滅に追い込んだというヴァンパイアの栄養摂取。
それなのに、この森の近隣にある村の人たちは襲われはしたが、誰一人殺していないとも話していた。
この世界において、すべてを見ることのできる万能眼。
どれほど巧妙な嘘でも、必ず看破できるはずの瞳が矛盾を指摘できない。そんな致命傷にマーファ以外誰も気が付いていなかったのだ。
そんな方法があるのか?
アーリンは今回の人生で初めて猜疑心というモノを感じていた。
絶大の信頼を寄せていた自分の目を人生で初めて疑ったのだ。
……結果から言えば、万能眼を騙すことは可能だ。万能眼という目の性質を理解していて、尚且つ特定の条件とある種の技能がそろえばというか細い可能性だが。
そんな可能性があるかもしれないと思う方が難しいのも事実だ。
だが、自分の母親の仇だと信じて疑わないマーファは、ヴァンパイアの言葉をハナから信じていなかった。
「ウソをついた代償は大きいわ」
即座に戦闘態勢に移行するマーファ。
しかし、とっさにアーリンは止めてしまう。
わずかな疑いがあったとはいえ、今までの万能眼の功績がすべてなくなってしまうわけではない。
絶大な信頼は揺らいだとはいえ、それでも自分の眼に対する信用はあるのだから。
「アーリン……どきなさい」
「待ってよ、マハ姉!」
「そうだ! 待つのだデザート……いや、マハとやら!!」
先ほどの戦闘では見せなかったヴァンパイアの弱気な姿勢。
それが争うつもりはないと思わせる。
普通ならアーリンの眼を騙すという至難の技を彼が持っていると思う方が難しい。
なぜならヴァンパイアとアーリンたちは、今日初めて出会ったのだから。
アーリンの眼を対策していると思える方が無理が生じる。
しかし、誰もがほぼ無知であるこの種族相手に全幅の信頼を置くのも難しい話でもある。
判断が難しい状況だとフレットたちは悩む。
マーファに加担するか、アーリンの眼を信頼するか。
「頼むから最後まで話を聞いてくれ!! 影響が少なくなったのは、この世界に来てからなのだ!! この世界は我らバンパイア一族にとって楽園なんだ!!!」
「……」
強固な姿勢を崩さないマーファをようやくフレットが止める。
フレットにはわかる。
異世界にわたってきた人物が、本当に今の世界で生きていくつもりがあるのかないのかが。
この男の眼には、世界に対してすがる気持ちが大きいと判断した。
「もう少し、話を聞きましょう」
目の奥の光が違う。
異世界を拒否した男を知るフレットだけの確信があった。




