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113話「賢者の石」

「我らバンパイア一族は、こことは違う世界から逃れてきた。それはもう知っているだろう? では何故逃げなければならなかったか、そこから話そう」

 さっきまでの半興奮状態のヴァンパイアではない。

 神妙な表情のヴァンパイアが、何とも不思議だ。

 しかし、その言葉には嘘が含まれないことはアーリンの眼には明白だ。

 これから、ドワーフに続き世界を渡航した種族の話を聞く。

 それも……本人の口からだ。


「前の世界で、我らはある一大事業に取り組むことを強いられた一族だった。……まだ我らが人であったころ、我らは錬金術を生業にしていた」

「れんきんじゅつ?」

 マーファは仲間たちに知っているかと問いかける。

 しかし誰もそれに応える者はいない。

 だが確実に知っている者がいるのは、わかった。

「アーリン?」

「……ウソだ」

「ウソではない。我らは一族を揚げて錬金術に取り込む……いわゆる学者の一族とその門弟たちだった」

 アーリンが認められないのは、その知識のせいだ。

 前世において錬金術はペテンの類という知識が存在する。

 卑金属を貴金属へ。

 もしくは永遠の命を求めた夢物語。

 そんな夢物語を追い求めた人々の記録はある。だが、それが正規の学問として根付くことが無かったのも事実として記されている。

 そんなことが根付く世界は現実にはないとアーリンは認識していた。


 しかし、彼の言う世界では科学の代わりに錬金術を用いて産業革命を起こした世界なのだという。

 実際に鉛を金に変換し、産業用に加工するなど実用化した錬金術さえあったと言うのだ。

 また化石燃料以外にも地殻運動や風力ではなく大気の移動そのものからエネルギーを取り出す方法さえ存在したという。

 アーリンの常識から言えば、まさに夢のような話。

 人々の発展に不可欠なエネルギー問題を解決し、永劫に使える資源とした別世界の地球の話。

 ヴァンパイヤの話す全ての言葉が、空想のソレに聞こえる。

 しかし、否定しようにもできない。

 アーリンの眼には彼が、彼の言葉がウソではないと見えている。

 では、何故そんな夢のような世界から逃げなくてはいけなかったのか?


「我らは創り上げてしまったのだ……賢者の石を」

「っ!?」

 アーリンだけが驚愕の表情を浮かべる。

 マーファたちはわかっていないのだ。

 賢者の石。

 それはあらゆる物を金に変換できる霊薬、どんな難病も治療でき果て無い寿命を手にできるエリクサーの原料。

 それが賢者の石と呼ばれるモノだ。

 しかしそれがどのような色でどんな質感で、どれほどの硬度を持つものなのかは誰も知らない。

 賢者の石は空想の産物だからだ。

 少なくともアーリンの知識ではそういうモノだ。

 しかし目の前の人物はそれを創り上げたと言う。


「……っ! だから、この村はっ!」

「そうだ」

 アーリンがこの村に来て感じた一番の違和感。

 それはこの村には農地がない。

 彼の言葉は真実なのだ。それを受け入れてしまえば、答えは一つしかない。

「我らは厳密には違うが、食事……経口から摂取する栄養を必要としない」

 それを聞いたマーファたちも思わず身を引いた。

 常識的に考えれば、そんな生物はいない。

 仮にいたとして、では何故口があるのかという疑問が残る。

 必要のないものは退化するのが、生物にとっての常識なのだから。

 それを知識ではなく経験として知ってるマーファたちには、目も前の彼が化け物のように映るだろう。

 そして彼の口、そしてその口から見え隠れする長い犬歯……牙が、より歪な生物であるかのように見せるのだ。

 しかしアーリンは理解が出来た。

「飲んだんだな?」

「ああ、実験は必要不可欠だからね。もちろんしたさ、人体実験をね」

 

 絶対に成功しないと錬金術師は思っていたのだ。

 創り上げた賢者の石は、血のように紅い液体だった。

 まるで生き血のような鮮紅色の液体金属。

 理論的には、祖先から続く研究では、それは間違いなく錬金術の最奥。誰もが手に入れたいと願うどんな富よりも価値のある一滴。

 それを創り上げるそれが自分たちの一族に与えられた使命。

 そして完成した暁には……それを実証することまでが一族に与えられた使命だった。

 それまで何不自由なく生き、果ての見えない研究をしていれば一族もろとも何不自由ない生活が送れた。

 その国で一族の名前を出せば、あらゆるものが手に入った。

 誰もが特権にひれ伏し、望むものを差し出した。


 だから完成してしまえば、当然の義務として実験体を差し出すしかなかった。

 それが一族の、自分の身体であっても。

「最初は快適だったさ! 病気も空腹も! 睡眠さえ必要としない完ぺきな身体!! ……しかしそれは他の錬金術師から見ても化け物の誕生でしかなかった。その日から我らの世界の錬金術は歪んでしまった。我らという不死の化け物を殺すための手段を模索する学問へと堕ちていった」

「なんで!? 誰も死なない! 誰も何も消費しないで生きていられるんだろ?」

 納得がいかないとアーリンは声を荒げてしまう。

 何も消費しなくとも健康に生きられる世界。

 それは天国のように聞こえる。だからアーリンは世界の彼らへの反応がおかしいと憤る。

「アーリン……それ本気で言ってるの?」

「へ?」

「そんな単純な話じゃないから、彼らは世界に殺されかけたんでしょ?」

 マーファは何か確信めいたものを感じていた。

 彼は言っていた。

 口からの栄養は必要としないと。

 では、彼らが生きていくうえでどこから何を摂取しているのか?

 答えは何だとマーファは厳しい視線を投げる。


「それが判明したのは……町が一つ無くなったころだった。人がね……死んでいくんだ。眠る様に」

 悲し気に映るヴァンパイアの表情。

「我らは……人を食べていた」

 口元から見える牙が怪しく光った気がした。

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