112話「ヴァンパイアの集落」
周辺地域から悪魔の森と呼ばれる深い森の中。
簡素な集落があった。
アーリンが初めて見た時の感想は、ゴブリンの集落よりもさらに何もないだった。
その何もなさに驚きよりも恐怖すら覚えるほど。
おおよそ人種もしくは亜人種の集落でも見かける物が何もないのだ。
食料の安定供給をはかる農地すら無いのだから、アーリンが一瞬後ずさるのも無理がなかった。
さしずめこの村の風景は、廃村。
古い手入れの行き届いた家屋が並ぶ、廃村に見えたのだ。
何より村の周囲に見える立ち枯れしている木々が一層村の不気味さを演出している。
しかし、そこには確かに人が生活している。
そんなに大勢ではないが、人が道を歩いている。
老人も子供も確かにいる。
ヴァンパイアだというのに、太陽の下を歩いている。
「これがヴァンパイアの集落……」
「うむ、立派なモノだろう」
胸を張るヴァンパイアにアーリンは素直に応えることができない。
確かに家屋は整然と並んで、一見すると行き届いた村のようにも見える。
だが、人が住んでいるのに生活感があまりにないのだ。
その感想はアーリンだけのものではないらしい。
後に続く仲間たちも、洞穴暮らしだったタメエモンも海中暮らしだったアディさえ賛同できないと表情が言っている。
「さて、我らが女神はあそこにいる」
ヴァンパイア指さした先には、何もない様に見える。
しかし、それがウソではないのはアーリンが見て確認していた。
万素が一点に向かって流れている。
近くまで来ると、森の中だというのに轟音がアーリンたちの聴覚を遮る。
滝だ。
それほど高くない岩から水が流れ、滝を形成している。
その滝に万素が流れていく。
「滝つぼの中なのカ?」
タメエモンの表情が少しだけ曇る。
タメエモンはあまり深い水場が得意ではない。
アーリン側なのだ。
しかしアディは滝から爆ぜた水滴ですら歓喜している。
放っておけばすぐにでも飛び込むかもしれない。
「あの滝の裏だ。安心すると良い、水に触れなくとも行けるのだ」
先導するヴァンパイアが慣れた足取りで滝の裏側に入っていく。
それをアーリンたちは慎重に進んでいく。
苔むした足もとに注意しながら。
滝の裏側は、それほど巨大な空間ではなかった。
入ってすぐに広間のような空間があるだけ。
それ以上の横穴も見受けられない。
ということは、ここに大精霊がいる。
それは誰にも明らかだった。
入った瞬間から、巨大な何かの存在感だけは感じることが出来たから。
押しつぶされるほどのプレッシャーではない、包み込むような優しいさ。
「女神よ、友人を連れてまいりました」
高貴な身分だと言っていたヴァンパイアが、王に拝謁するように膝をつく。
誰もいない壁に向かって。
フレットだけがヴァンパイアに習い膝をついて頭を下げている。
タメエモンとアディがいったい何事かと壁を見上げた。
そして驚愕の表情を浮かべる。
壁が人の顔のように浮き出てきたのだ。
周囲の土はそのまま、顔だけが浮かんできた。
美しい顔立ちをした人種のような顔。
その顔を見たアーリンも驚くような表情をしている。
マーファは不思議に思い、アーリンを覗き込む。
何に驚いているのか?
大精霊に会うのは3回目。
水の大精霊とは親し気に話すこともしていたというのに。
マーファは改めて大精霊の顔を観察する。
半分エルフの自分から見ても、美しい顔だと思う。
人種の村にこんな美人がいたら、近隣の村々も大騒ぎになるだろうとは思う。
しかし、その顔を構成しているのは、大地なのだ。
明かに人種とは違うその身体。
手っ取り早く神だと言ってしまうヴァンパイアの心情の方がわかる。
親しくなろうと思ったアーリンの精神が異常なのだ。
一目見て崇拝の対象であると判断するのが普通だ。
水にしろ、火にしろ、この大地にしろ大精霊は崇拝の対象たり得る存在だ。
だが、アーリンはそうじゃない。
気安く話しかけられる存在、それがアーリンにとっての大精霊なのだ。
だから、おかしいのだ。
アーリンにとって親しい友人であるはずの大精霊。
その顔を見て、アーリンが離し掛けるのをためらう。
そんな異常事態が発生していた。
タメエモンやアディのように、アーリンは驚愕していたのではない。
何か既視感があって、自分の記憶の中を探っていたのだ。
もちろん、水の大精霊と同じ顔だ。火の大精霊とも造りは変わらない。
だが……どこかで、似た人物を見た記憶があるのだ。
それもごくごく最近。
「よくここまで来ました。当代の変革者……アーリン」
アーリンを見つめる大精霊の視線。
どうしたことか、アーリンはその視線を正面から受け止めることができない。
何故だかわからないが、鼓動が速くなるのを感じる。
視線を外してハクを見ても、何故だか鼓動が落ち着いてくれない。
「ほう! そなた……変革者であったか」
「あ。う、うん。そうなるらしい」
「何とめでたい! 我らが守護も終わるというもの」
「守っていたのか? 大精霊を」
アーリンは思わずフレットを見る。
フレットと同じ大精霊の依り代となったのかと。
しかし、フレットは首を振る。
アーリンは疑問の眼差しをヴァンパイアに向ける。
依り代でもない守護者は語り始める。




