110話「戦士」
何者だと問われたアーリン。
しかし、今のアーリンには声に出すのがためらわれる。
今でもアーリン自身は『新緑の貴婦人』ベガの養子で、『血濡れのガントレット』アルテアの弟子。盾拳の拳士だという誇りがある。
だが、それはアーリンの一方的な思い込みである可能性が出てきたからだ。
師匠のアルテアがエルフの森でアーリンの殺害したという虚偽を流布し、他種族に成人したエルフを送り込んできたのだから。
アーリンの記憶では、エルフの森での外交は重要な仕事だ。
それをあんな男に任せるという疑問が残った。
意識もなく問い詰めることもできなかったが、間違いなくロクな結果にならないことはわかっていたはずなのだ。
もし、それを求めているのだとしたら?
アルテアの異名の全てが戦場で付けられたモノ。
自分の師匠がアーリンの想像通りの人物なのだとしたら、彼が求めるものは一つだろう。
戦場だ。
だが、わからない。
もし、あの男の訪問がエルフの外交なのだとしたら……。
エルフの外交部門には、養母のベガがいる。
他種族に精通し、良好な関係を築いてきたはずの養母が。
エルフの真意が見えない。
だからだろうか?
最近のアーリンは、何者だと問われるのが苦手だ。
「……戦士だ」
思い悩んだ末に、口にしたのは仲間たちが良く口にする言葉。
以前であれば、拳士だといえたのに。
アーリンは、苦虫をかみつぶす。
「そうか……戦士ならば、それ相応の態度で相手をするのが礼儀だな」
そう言うと、紳士的な装いだった変態は上着を脱ぎ棄てる。
目の前にいた燕尾服の変態はどこかに消え、筋肉質な身体を晒している。
隅々まで鍛えられた筋肉。
オーガーのような野性味はなく、無駄を極限までそぎ落としたような筋肉の城。
それが……どうにも白々しい。
まるで威嚇するように見せつける筋肉が、嘘くさい。
「アーリン……アレどう思う?」
「……本物は本物だけど……うそくさい」
「そうよね」
だが、先ほどまで見せつけられたパワーを考えれば、納得の筋肉量。……なのだが、どうにも腑に落ちない。
先ずは姿勢だ。
立ち姿が、どうにも不自然なのだ。
おおよそ身体を動かす生活をしていないようなアンバランスさ。
それがどこまでも付きまとう。
そして、アーリンはもう一つ気になることがあった。
「おい、さっき脱いだ服はどこにやった?」
「え?」
アーリンの一言にマーファは周りを見渡す。
……確かに何処にも落ちていない。
地面にも……木の枝にも、だ。
「ん? ……あるではないか。ほらそこ」
「どこだ?」
アーリンが目を離した瞬間だった。
視線を固定していた相手の身体から、地面に移した瞬間に自分の視界に影が落ちる。
強烈な風とともに、アーリンの眼前を何かが通り抜ける。
「お前……戦士を何だと思てるわけ?」
「己がすべてをかけて敵を討つものだよ」
「あっそ」
アーリンは密着した状態から拳を撃つ。
完全に四角から放った拳は、相手にダメージを負わすことができない。
先ほど感じた拳に伝わる違和感。
拳にわずかにしか感じない衝撃。
ついさっき投げ飛ばした時も、わずかだが技のかかりが甘かったのを思い出す。
不思議な体だ。
実態は確実にそこにあるのに、振れている感触がない。
飛びのく相手を追撃するアーリンの眼に、それは映った。
相手以上の速度で追撃し、確実に顔面を捕らえたはずの拳が一瞬だが相手の顔面を通り抜けたのだ。
錯覚ではない。
確実に。
今度はアーリンが相手から離れる。
追撃するのならできるはずだ。
それをせずに、不敵な笑みを浮かべてアーリンを見ている。
アーリンは相手の視線を受けながら、考えをまとめる。
攻撃は振り回すだけだが怪力。防御はまるで身体を霧に変えるような動き。
加えて目は魔眼と呼べる催眠作用を持っている。
「お前……まさか」
そんなはずはない。
というか、そんな生物が実際に存在していいはずがない。
だが、その特徴を持つモノを知っている。
実際に見たことは無いが。
「お前……ヴァンパイア……とか言わないよな?」
そんな訳はない。
そう想いたいという願望。
「ククク……ハハハ、……アーハハハハハ!!! そうか貴様は知っているんだな!! 我を! 我が一族を!!」
「……ウソだろ」
肯定された。
アーリンの中で、存在してはいけない。存在するはずのない存在が。
「あ~、あんたがそうなんだ。アーリン! めんどくさい相手よ」
「なんで!? マハ姉、なんで知ってんの?」
「知ってるも何も……叔父さんが、一番嫌ってる種族だもん」
「待って……俺知らない」
「そりゃそうでしょ。叔父さん最後まで話したがらなかったから」
マーファも叔父の話を思い出したのだろう。
見るからにめんどくさそうな表情へと変わっていた。
「ほう! デザートの方も知っていたか。呪われた我らを!!」
対してヴァンパイアは上機嫌だ。
正体を知られた焦りなどは感じない。
むしろ隠さなくてもいいのかと歓喜している。
「くそっ!」
アーリンは自分の知っているヴァンパイアの特徴を思い出し、周囲を警戒し始める。
もう最悪、眷属のグールたちに囲まれているかもしれないから。
だが当のヴァンパイアはそんなアーリンに不思議そうな視線を向ける。
「お前は何をしているのだ?」
「何って……眷属のグールをけしかけるんだろ!?」
「眷属……? グー……なんだって?」
「え?」
「え?」
どうにも噛み合わない二人がいたのだ。




