109話「ミス」
アーリンの信条。
それはエルフ以外の人種には魔法は使わない。
それこそがアーリンを盾拳の拳士たらしめる最後の砦。
それによって負けることがあっても変わらない。
闘気法という身体強化をしながら、魔法という知らないであろう技術で翻弄するのがズルく感じてしまうからだ。
エルフが外されるのは、彼らには精霊術という攻撃方法が存在するから。
では、目の前にいる彼はどうだろうかとアーリンは考える。
目を見るだけで相手を眠らせることのできる、非常に危険な攻撃方法を持つ相手。
それはエルフと同じくらい危険な相手である。
状況的には魔法を使うのに、何のハードルもない様に思える。
しかし……アーリンの視線が上がる。
対戦相手の耳に。
長くもなく、尖ってもいない普通の耳。
ただその事だけで、アーリンに魔法の使用許可が出ない。
対人戦闘において有効かつ最適な魔法はもうすでにある。
姉弟子に使用して見せた目つぶしの魔法。
それが使えるだけでも、この相手には随分と有効なのだろうと思う。
しかし、相手は魔物ではない。エルフでもない。
だから使いたくとも使えない。
一瞬だけ、頭に思い浮かんだだけでも魔石の魔力はほとばしろうと躍動をはじめてしまう。
それはできないんだと、必死に万素に言い聞かせる。
魔法は発動を止める方が難しい。
戦闘中において、それは大きなハンデとなりアーリンを追い込む。
しかし、そんなことを気にしない術師もいる。
彼女は森の中、布一枚で縦横無尽に動き回る獣のようだった。
彼女が最初に放ったのは、一個の火球。
のろのろと落ちていく火球。
突如現れた火に、それがいったい何なのかを理解できない男が釘付けになる。
自分と相手の状況。
戦闘中なのだから、それが彼女の攻撃だとわかっている。
わかっているからこそ、避けはするが視線を外すことができない。
おおよそ攻撃とは言えない速度で落ちていく火球。
「マハ姉! ……っの馬鹿!!」
それが何かを理解した彼女の相棒は、彼女を罵り自分の目を覆う。
もしかすると……。そんなことが起きるのかと半信半疑の眼は一瞬で焼かれた。
地面に落ちた火球は、一瞬だけ強烈な光を放ち消えていく。
それを認識できたのは、アーリンとマーファだけ。
「ッグぁ! く、くそ」
完全に視界を奪われ、思わず腰を落とす。
さっきまで何不自由のない環境だったはずだった。
暗ささえ自分にとっては有利な視界だった。
しかし、完全な暗闇に堕とされてしまえば、その余裕もない。
直前まで気にならなかった周辺環境が、どんなものだったか。
わからないという恐怖が身体を小さくさせるのだった。
自然に安定性を求め、万が一転んでも安全なように頭を低い位置へもっていく。
二足歩行の動物の本能とも呼べる動きをしてしまう。
「っ!!?」
痛み。
突如皮膚に感じた風と共に、強烈な衝撃。
だが、まだ頭は暗闇になったことへの混乱でいつもの対応ができない。
何より久々に感じた痛みという感覚。
それはいったい何であったかを思い出すのに数秒の時間を要した。
それが痛みだと思い出した瞬間に、またしても感じる痛み。
そして自分の置かれた状況から、それは攻撃を受けたのだと理解するのにまたしても時間が必要になる。
無防備な時間に受ける攻撃。
それに対して何をできるでもなく、身体を丸め重要器官を守る本能だけが正常に働く。
屈辱的な時間だ。
おおおよそ自分のような高貴な者が周囲に晒してはいけない醜態。
それを強要する獲物。
弱者と思っていた相手から受けた思わぬ反撃。
未だかつて感じたことないほどの怒りが全身を支配していた。
「あああああああああ!!!!!!」
なりふり構わず周囲に向かって拳を突き出す。
自慢の剛力が空を切っていることにすら気が付かないほどの怒りが周囲にまき散らされていた。
「っと……危なくって近寄れないじゃない」
「マハ姉……ワザとだろ?」
「……イラついてたから」
そう、本来ならマーファはさっきの数撃の間に相手を昏倒させることができたのだ。
もちろんマーファの拳が正しく当たって、正しく作用すればという前提だが。
だが、正しく当たると確認した後も自分のイラつきを発散させたい方が勝ってしまったのだ。
そしてマーファにも手が負えないほど暴れ出してしまった相手がいる。
「まったく……しょうがない姉弟子だなぁ」
いつもは自分を諫める役割のマーファが感情を優先する姿はアーリンを呆れさせる。
だが、たまには仕方がないかと諦めさせもする。
「そこかあああああああああ!!!!!!!!!!」
怒りに満ちた声がアーリンの視界に入ってくる。
声の方を向けば、怒りの形相が迫ってきている。
「仕方ない……か」
防いだとはいえ、あの剛力に晒された姉弟子にこの突進を任せるのは忍びない。
そう想い、アーリンはマーファの前に出て構えをとる。
「じゃまだあああああ!!!!!」
狙いはマーファだと知らしめる雄たけび。
それはマーファの行った目つぶしが効力を失ったことも知らしめている。
先ほどマーファが小石のように吹き飛んだ拳がアーリンに降りかかる。
当たったと思われる瞬間。
突進していた身体は宙に浮き、回転をしながら進行方向そのままに吹き飛んでいく。
「あ……ミスった」
「あ~あ」
あの剛力をいなしただけでも賞賛に値するだろう。
しかし、アーリンとマーファにとってはそうではない。
本来叩きつけるはずであった地面に視線を落とし、少し恥ずかしそうにうつむくアーリン。
そして何とも言えない表情のマーファ。
そして失敗したとはいえ、盾拳の技を受けた相手は呆気に取られていた。
怒りで何も考えてはいなかったとはいえ、相手が吹き飛んでいるはずの自分の攻撃。
それとは真逆の結果があったからだ。
「お前……何者だ?」
ただの獲物ではないことは理解できた。
いや、理解するしかなかった。
これは狩りではない。
戦いなんだと。




