10話「新しいこと」
アーリンが少女マーファと出会って数年が経過した。
二人は師匠であるアルテアの指導の下、順調に戦士としての道を歩んでいた。
里のアーリンに対する迫害は未だに続いているが、それでも数回に一回の割合でアーリンも勝利を手にすることができるようになってきている。
それに触発されるように、エルフの里では武術の風が吹き荒れている。
人間の子供に負けないように、できるだけ遠くにつきはせるように大人も子供も昼夜を問わず修練に励んでいる。
かつてない活気がそこにはあった。
長く生きるエルフに、短期目標を与える人間の子供。
エルフの長老衆は、アーリンの存在を次第に無視できなくなってきていた。
いい意味でも悪い意味でも。
そんなこととはお構いなしに、今日もアーリンたちの修練は続いている。
「二人ともようやく入り口か」
師匠は自分の姪の成長をひそかに喜んでいる。
アーリンがマーファにかなわなかったのは、最初の数か月。
そこからは一進一退、つい先日アーリンがその月の勝ち越しを決めた。
里の者のように、アーリンの存在がいい刺激になっているのは明らかだ。
「それにしても、あいつは……なんでこっち方面ばっかり育ったかなぁ」
肝心のアーリンは武術の習得には目覚ましい成果を上げている。
先日勝利したエルフの男の子は、もうすぐ成人の儀を受ける半分は大人のエルフ。
それ相手に完勝とはいかないまでも、確実な勝利をもぎ取るまでに成長した。
しかも精霊術は習得できないまま。
アーリンの万能眼による知覚は、おおよそ人間のそれを大きく超えてきている。
まるで音に聞く人狼族の鼻のような、優位性を示してきている。
しかし、それでは足りないと師匠であるアルテアは考えている。
なぜなら精霊術を行使されると、途端に動きが悪くなるのだ。
自分が行使できない力に対して、萎縮してしまっている。
精霊術の恐ろしさがわかっているのはいい。
しかしそれに怯えるようでは、自分の考える目標には程遠い。
ならばどうする?
精霊術に怯えなくてもいい方法はある。
特に人間種族であるアーリンには、必須な方法がある。
それが今なのか? それとも遅いのか? 師匠という立場にあるアルテアの決断はできないでいた。
「きゃあ!」
「よし! 今日も勝ち!!」
アーリンとマーファの組手は、今日もアーリンの勝利に終わった。
相手が女の子であっても、手を抜かない良い拳士に成長している。
周囲の環境がアーリンを必要以上に歪めることなく、程よく真っ直ぐに矯正してくれている。
どこかで鉄は熱いうちに打てという言葉を聞いたことがある。
何度も何度も打ち据えることで、強靭な鉄を作り上げるように人も鍛えることができるという言葉だ。
ならばこそ、師匠としてアルテアは決断しなくてはいけない。
より強靭なアーリンという刃物をもって、エルフの里の意識を変革させるのが自分の望みなのだから。
二人の弟子にさらなる切れ味を追加する。
それによって歪んでしまう可能性もあるが、自分という大きな盾をもって彼らを押しとどめる。
修正が必要になるなら、早い方がいいだろう。
自分とは違い、アーリンには時間は少ないのだろうから。
「よし、お前ら。今日からは新しいことを覚えてもらう」
◇ ◇ ◇
師匠によってもたらされた新しい力、それはあまりにも強大だった。
それまで拮抗していた二人の力は、またしても大きく離れた。
アーリンはまたしてもハーフエルフの少女マーファの後塵を拝してしまう。
新しい力の名は、闘気術。
精霊術で精霊が使用している万素という空気中やあらゆるものに含まれているそれを自身の身体で消費することで運動能力や体の耐久性を飛躍的に向上させる技法。
一般的な戦士は無意識に習得しているもので、エルフ以外の種族であっても使用できる。
しかし多くの戦士はそれを意識することがないため、本来の効力を発揮するのはまれであった。
一部の名のある戦士や武術家にとっては重要な技法である。
なにより精霊術を使用できないエルフ以外の種族が、エルフと事を構える際それがあるのとないのとでは結果が大きく変わってしまう。
本来であれば対エルフの最終手段にもなり得る闘気術。
それが師匠からもたらされたわけだが、マーファのほうが順応性が高かった。
ハーフエルフである彼女は、精霊術も使用ができ万素の使い方に長けていた。
一方アーリンは、未だに精霊術を使うことができない。
その弊害か、アーリンは万素を使用する感覚がいまいち理解できないでいた。
「見えてはいるんだ、見えては」
全身にくまなく万素を巡らせる。と言う師匠の言葉は今までに比べると大変に解りやすい。
しかしすべての細胞にと考えると、途端に充実感がなくなるのだ。
万能眼で万素の状態を確認しても、確かに全身に行き渡っているのが見える。
それでも師匠やマーファに比べると、自分の身体に流れる闘気が弱々しく感じてしまう。いや、実際に弱い。
耐久性は向上しているが、威力や俊敏性は眼に見えて向上してくれなかった。
「まさか、……血統なのか?」
地面にあぐらをかきはがら、言葉が空気に乗ってしまった。
師匠もマーファもいない森のなか、思わず周囲を確認してしまう。
アーリンが思わずそう口にしてしまうのも、無理はない。
自分の師匠とその姪が比較対象なのだから。
しかし、師匠の言葉を信じるなら血統や種族の違いが答えではない。
闘気の大小は、種族ではなく個人の技量によると言っていたのだから。
「もしかして、才……」
全部空気にのせる前に思い止まる。
それを口にしてしまえば、楽なのは知っている。
前世でそれだけは、嫌というほど学んだのだから。
ただし、それを口にしてしまえば……。
アーリンは頭を振って浮かんだ言葉を打ち消して、前世で聞きかじった座禅の真似事を続ける。




