108話「手ごたえ」
自分たちを襲おうと前傾になったタイミングで、アーリンは盾拳の突きを放つ。
オーガーですら悶絶するアーリンの突き。
それを衝撃の逃がせないタイミングで相手にお見舞いしたのだ。
相手の体格を見て、間違いなく決定打になると思われた渾身の突き。
だがその突きの手応えに違和感を感じた。
宙に舞う木の葉に衝突したかのような手ごたえ。
アーリンは二の太刀を収めてその場から飛びのく。
アーリンの異変に気が付いたマーファが相手の追撃を防ぐために布槍術で地面を叩く。
「どうしたの?」
「いや……妙な手ごたえで」
間違いなく相手に当たったはずの自分の拳を見つめるアーリン。
当たった瞬間に何かの力がかかった様子もなかった。
そして今見ている自分の拳もいつも通りの拳で間違いがない。
そうすると相手の身体自体に何かがあったのだ。
そう結論付けるしかない状況。
それでもそれはあり得ないとアーリンの表情は曇る。
マーファもアーリンの表情から危険な状態だと読み取る。
相手の体格、おおよその筋力量はマーファの目でも読み取れる。
加えて立ち姿。
マーファたちほど武術に使ってきたモノたちの目にも、目の前の相手が武術に精通していないという情報を読み取ることができる。
常に高い位置にある重心、そしてただ立っているだけでも揺らぐ中心軸。
おおよそ身体を動かすのに慣れていない人の立ち姿だ。
そんな人物が、アーリンの突きを受けて薄ら笑いを浮かべている。
異常だ。
侮っていた。
相手は訳のわからない攻撃をしてくるだけの人物だと侮っていた。
相手の眼さえ警戒すれば、簡単に殴ることができる。
そんな過去の自分を悔やむ。
「どうしたんだね? もう抵抗は終わりかい?」
相手はまるで自分の勝ちは揺らがないとでも言うような余裕の表情だ。
「貧しい村人でも、もうちょっと抵抗するモノなんだがね?」
まるで自分が襲っていた村人よりも、相手にするのが簡単だと言っている。
むしろもっとがむしゃらに抵抗してみろと言いたげだ。
何故だ?
アーリンは相手の言葉に疑問を感じた。
アーリンの眼には嘘は通用しない。
言葉は心と密接な関係がある。
心と違う言葉を口にすれば、どんなに演技がうまくともその言葉は揺れる。
通常襲う側の心理を考えれば、抵抗は少ない方がいい。
それはどんなに襲撃が慣れ親しんだ環境でも変わらない。
労力は少ない方がいい。
その心理からは逃れることはできないからだ。
しかしこの変態は心からもっと抵抗してほしいと願っている。
それは言葉から理解できる。
だからわからない。
それほどまで労力を支払ってでも得たいものっていったいなんだ?
先ほども口にしていた、『成果物をかすめ取る』という言葉からもアーリンやマーファから何かを奪いたいのは明らかだ。
食料?
いや、それは考えられない。
この森は手が入っていないが、それなりに恵も豊富だ。
この人物を探索するために入っただけなのに、直ぐに食材に巡り合うほど。
要するに、この人物は森の隅々まで食料を探索する必要がない生活をしている。
そのせいか、着ている服もこの森で生活しているとは思えない服装だ。
アーリンの眼で観察が始まると、見ないようにしていた物が見えてくる。
自分たちを襲った人物の服装。
それに違和感が生じる。
「来ないから、自分から行くとするか」
考えにふけるアーリンを咎めるように、その身のこなしからは考えられないスピードでアーリンの目のまえに迫る。
振り上げられた拳。
まるで力学を一切考慮しないかのような素人のパンチ。
避けるまでもない。
そう瞬時に判断をしたアーリンが、何かを察知して再度距離をとる。
盾拳の拳士として二度目の屈辱。
相手の攻撃から身体を遠ざけるという行為。
それをしなくてはいけないと判断したのだ。
アーリンがいた場所を通過する拳。
その風切り音は、まるで歴戦の拳士の拳の音。
あり得ないと思いながらも、自分の判断は正しいと一息つく。
アーリンに手が届かないとみるや、自分に近いマーファを視界に収めている。
そして再度振りかぶり、力任せに拳を落とす。
「マハ姉!!!」
アーリンの言葉に危険を察知し、一瞬遅れて回避行動を始める。
マーファはそれでも攻撃範囲から出ることができないと判断を下し、布に闘気を纏わせ防御へと移行する。
マーファの布槍術は強力な武器であると同時に、ちょっとやそっとで貫くことができない頑丈な盾でもある。
そんな絶対の信頼を寄せる、母親の形見の布。
それが大きくたわんだ。
まるで叔父の突きを防いだ時の様に、布越しでも自分に迫る拳があった。
地面をけり、マーファの身体は抵抗を失い飛んでいく。
理解しがたい横への衝撃。
手ごろな木の枝に闘気を込めた布をかけて、衝撃の方向を変え着地できる猶予を創り出す。
そしてその猶予に驚かされる。
森の木々のはるか上空まで登らないと、衝撃を相殺できないのだ。
森にさえぎられていた日の光は、いつの間にか赤くなり沈み始めている。
一瞬、このまま逃げてしまおうかと頭をよぎる。
しかし、弟を残してはいけない。
落下が始まり、高い位置の枝を掴んでアーリンの元へと帰っていく。
地上では得体の知れない怪力が空を切っている。
アーリンには触れられないというのに、その表情は明るいままだ。
ただの人種にみえるその身体に、何故そんな力が宿っているのか?
そしてその力が存分に振るわれないというのに、何故笑っていられるのか?
そんなの決っている。
この怪力のさらに向こう側、奥の手はまだ晒していないという余裕だ。
相手と距離を取ったアーリンのそばに着地するマーファ。
「コイツ……強いわよ」
「ああ。強いな」
いつもなら、その強さに興味津々なアーリンの表情は暗いままだ。




