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107話「施し」

 目を覚ましたアーリンがマーファと共に殿を務める。

 マーファに相手の攻撃が目から発せられると聞けば、対応は可能だ。

 アーリンには、他者の視線そのものが見える。

 まさに線となって対象が何を見ようとしているのかを知覚できる。

 マーファのような特異な能力がなくとも対応は可能なのだ。

 そして殿を務める二人には、相手のだいたいの能力が把握できた。

 追跡者の放つ攻撃は、攻撃対象も相手の目を見ていないと効果を発揮しないのだ。

 自分たちが視線を避けた先にいた、後ろ姿のフレットとタメエモン、アディの背中には何度か変態の変態たる視線が突き刺さっていた。

 しかし、彼らは昏倒することなく逃げられている。

 それを見たことで、アーリンとマーファは逃げるのを辞めた。


「もうダメ、イライラして」

「マハ姉は我慢が効かないなぁ……けど、逃げるのにも飽きたし」

 深い森の中、森の中での戦闘を得意とする二人は、同時に攻勢に出る判断をした。

 精霊術を熟知している二人、眠らされるという攻撃が恐ろしいと誰よりも知っている二人が、逃げ回るを辞めた。

 それはすなわち、戦えると判断したのだ。

 相手の視線を外しながら、相手の目を見ないで、戦闘という不測の事態が起こりえる場面でも相手の目を見ないという確信が二人にはあった。

 マーファは少しの懸念をアーリンに確認する。

「魔法は?」

「当然使わない!!」

 少しだけホッとするマーファ。

 アーリンが魔法を使わないということは、少なくともあの不可思議な攻撃を放つ人物は魔物に類するものではないということだ。

 今まで何が魔物化してもおかしくはないと思って旅をしてきたが、さすがに人間が魔物化したとあっては焦りもするだろう。恐怖におののくかもしれない。

 もしかしたら、自分も……。

 そんなあっては欲しくはない可能性に恐怖が無いわけではないのだ。

 今まで出会った誰よりも魔物の可能性を有した人物。それが魔物ではないと言うのなら、まだ可能性は低いと考えてよさそうだと。


 何より魔物ではないのなら、自分の拳も有効なのだ。

 人である限り、殴って殴られて勝てる可能性がある。

 相手の有効な攻撃を受けないように立ち回り、自分の有効な攻撃を当てる。

 それはいつも通りの日常。

「おお! やっと観念したか。二人とも私の施しを受け入れてくれるんだね」

「一つ聞きたい。……その施しってなんだ?」

 先ほどから変態の放つ言葉の中に気になる単語を見つけていたアーリンは、殴る準備をしながら会話を始める。

 彼の言う『施し』という単語。

 襲う側なんだから、自分が優位に立っているという態度はわかる。

 あんなに奇妙で危険な攻撃手段があるのだから、なおさらだ。

 だがしかし、襲っておいて施すとはどういう意味なのか?

 殴り倒す前に確認しなといけない。

 この人物が、悪魔の森と呼ばれる森の主なのか。


「我のような高貴なものは、下々にあらゆる施しを与えなくてはいけないのだよ。それこそ、生まれ持った使命というやつだ。だからこの森の入り込んだ貧しい者たちを捕らえ、肥え太らし、安心したところで成果物をかすめ取る。……ふふん、まあ、貴族の嗜みの一つだよ」

「要するに、森に入った人を襲って何かしらの害を与えてるってことだよな?」

「害などと言わないでくれたまえよ。こちらも与えているのだから」

 気色の悪い笑顔を見せる敵に、アーリンの視線が飛ぶ。

 それを見てマーファがアーリンの頭をこずく。

「っ! っとそうだった。ありがとうマハ姉」

「カッとしやすいのもあんたの悪いくせよ。イブさんに直せって言われてたでしょ」

「子ども扱いするなよ……マハ姉だって今すぐ殴りたいって顔に書いてあるよ」

「あんたの眼って、本当に何でも見えるのね」

「まあね、神様の特注品だから」

 アーリンの眼が虹色に光る。

 それを見てマーファも相手を見据える。


 今度はアーリンがマーファの頭を叩く番だ。

「っ! ちょっと! ……そうだった」

「え~っと……我は襲い掛かってもいいのかな?」

 いつまでも襲い掛かってこないと思ったら、意外と律儀な人物なのかもしれない。

 ……それでも誰彼構わず人を襲う人物を野放しにはできない。

 アーリンとマーファは、相手の首から下に視線を固定する。

「じゃあ、暴力のあとに拒否できない施しを、存分に与えてあげよう!!」

 アーリンの眼には相手の感情も見えていた。

 必ず自分が勝ち、自分の望みを果たすことができるという確信と歓喜が言葉に乗っている。

 見なくともわかる。

 待ち望んだ獲物を逃すまいと、よだれを垂らす程の大口を開けて叫んでいるのだろう。

 そんなことにはならないというのに。


 事実アーリンとマーファを襲う為、身を乗り出したこの人物は威嚇の意味を込めて大きく口を開けて叫んでいた。

 その表情は自信の言う高貴さの欠片もない。

 ただ獲物を得るために動きだした肉食獣にも見えた。

 その明けた口から伸びる牙を衆目に晒しているという興奮も相まって。

 しかし、アーリンとマーファは見ていなかった。

 相手の牙を。

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