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104話「名前」

「世の中は不思議ダ」

 オーガーのタメエモンは先を行く3人の姿を見て感慨深くつぶやく。

 アーリンと言い合うマーファの聞き慣れた声を聴きながら。

「非常識すぎる」

「アーリンだって納得したじゃない?」

「マハ姉は大量の魚につられて、大賛成だったけどね」

「私だけじゃないわよ! ハクだって大賛成だったじゃない。ね~ハク」

「キュンキュン!!」

 非難するアーリンをマーファとハクで丸め込もうとする姿。

 最近は定番になった構図だ。

 そうなると、アーリンも強くは言えない。

 なんだかんだと押し切られるのだ。

「アーリン師兄にも認めてもらえるよう精進します!!」

「うるさっ……それにお前は同門じゃないだろ」

 後ろ歩きながら最敬礼をする器用な魚人、元門番の魚人アディがアーリンたちの旅に同行することになった。

「師匠の言葉をお忘れですか? 師兄」

「いや、まぁ言ってる意味はわかるけどさ」

 アディが門番を辞めて旅に同行する際、彼の師匠はアディとアーリンにこんな言葉を贈った。

「いいかアディ……流派は違えど、武術を極めるという道は同じだ。自身の身体を余すことなく使いこなす、それは困難なことだ。先人たちの誰も到達できない領域への同じ挑戦者なのだ。お前の先を行く彼らの言葉や動きは本来知りえないことだ。それを彼らは旅の中で見せてくれるだろう。それを近くでよく見聞きし、自分の糧とできることをまず喜びなさい。彼らはお前の道しるべだ、私を慕うように、彼らも慕いよく教えを守る様に」

 そう言って送り出したのだ。

 穏やかな優しい目をした赤い鱗を持つ真鯛のような師匠の言葉。

 思わずアーリンとハクが飛びかかりそうになるぐらい旨そ……懐の深そうな人物がそう言ったのだ。


「とは言っても、まさかその風貌で旅に本当について来るなんて……もうここからはそんなに水場も多くないぞ」

「大丈夫ですよ! 陸上での戦闘用にあつらえたこの鎧があれば!」

 そう言って自分の着ている鎧を誇らしげに叩いて見せるアディ。

 その音は少しだけ水っぽい。

 まるでアディの皮膚そのものの様に着込んでいる全身鎧。……というより全身タイツと言った方がアーリンにはなじみがある。

 しかもそのタイツはとある魚の皮で作られた鎧だ。

 陸上である程度の呼吸も運動も可能な魚人族。ただ生活の場が海の中であることには変わりがない。

 どうしても水の中では生じないある問題がある。

 それが乾燥だ。

 どうしても皮膚が乾いて運動を阻害する。

 そんな陸上で戦闘などと、本来なら魚人族は無謀なことはしない。

 だが、この他種族が生息する世界では、どうしても生活圏を守るために争いが起こってしまう。

 そのため水中にいる魚人族だとしても、陸上で戦闘する必要性が出てきてしまうのだ。

 そこで開発されたのが、今アディが着ている部族秘伝の陸上戦闘用全身鎧『ゲール・ローブ』となる。


 このゲール・ローブには、目立って優れた鎧ではない。

 装甲としては、普通の布製の服とさしてわらない。防刃性なぞ皆無に等しい。

 特筆するべきは、その吸水性と保湿性。

 通常の革製品であれば乾燥させる工程が必須だ。しかし魚人族の生活圏である海中ではそうではない。

 特殊な海藻と海底で採れる鉱石で作る特殊な薬品。それを使用することで、魚類の皮を生活に取り入れることに成功している。

 海中で薬品? 浸すの? どうやって? と、陸上での生活に慣れ切っているアーリンたちには理解できない製法で製造されているのだ。

 そして使用する魚類にも秘密がある。

 アデリケという種類の魚の皮を使用するそうなのだが、とても凶暴で慎重な性格で実物は見せてもらえなかった。どうやら深海生物らしいのだが、詳細はわからない。

 アーリンの万能眼でも翻訳できないことから、その土地……海域特有の魚なのだろうと理解するしかなかった。

 そんな謎の多い鎧を着こむアディの足取りは軽く、アーリンたちの旅の行程を邪魔する様子もない。


 では、何故アーリンがアディの同行に否定的なのか?

 もうアディの故郷の入り江は遥か彼方になるというのに。

 それは……アディがアーリンが考えていたよりはるかに幼いからだ。

 アディが生を受けて、まだ8年ほどしか経過していない。

 身長は自分よりもわずかに高い、顔だちも魚人特有の顔だが……自分よりも整った顔をしている。

 人種の感覚で言えば、もう成人の姿。それがまだ8才。

 門番という役職を与えられていることから、もしかしたら魚人の年齢換算では成人しているのかとも思った。しかし……そう言うわけでもなかった。

 アディの師匠の連れていた他の弟子は、どれも人種の感覚でも言っても幼く見えた。

 様々な交配が行われる魚人族の弊害だと彼の師匠は言っていた。


 その話を聞いてしまったアーリンは、未だに旅に連れてきてよかったのかと悩んでしまうのだ。

「今は幼名でいいですけど、成人した暁には名づけお願いしますね!!」

「名前が変わるとか……出世魚かよ。……まったく」

 出会った時とは違い、屈託なく笑う魚人族の少年アディ。

 遠い記憶の、さらに遠いところにある記憶。

 それを思い出してしまうアーリンは、それ以上は反対だとは言わなかった。

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