101話「エルフの敵」
「お前……それ、誰に聞いた?」
答えのわかっている問。
マーファが起こりだすとわかっているのに、アーリンは聞いてしまった。
そんな訳はない。
心のどこかで、そう信じていたかった。
「そんなの……そんなの! お前の師匠以外誰に聞くって言うんだ!!!!」
その言葉には、こうも込められていた。
アルテア・ポーラシュルテンがお前を殺したと言っていたと。
「……うそだ」
「ウソなもんか! アイツは寝ながら死んだって! お前が怖がる人種はもういないって!! そう言ったんだ!!」
泣きじゃくるエルフの姿。なんとミスマッチな光景だろうと全員が見ていた。
この世界でエルフという種族の脅威は、実際見ていなくとも伝聞で知っている。
言い方、伝え方に違いはあっても、エルフは強いという事実は広く伝わっている。
もちろん海の中にも。
魚人の門番の目のまえに、信じられない光景がある。
師匠もエルフは恐ろしく強い、怖い種族だと言っていた。
エルフに比べれば、人種はまだ利用できる。
共存を謳っておけば、いくらでもごまかすことはできる。
だが、エルフには通用しない。
彼らは他の種族を信用していない。
嘘やごまかしを本当かどうか判断する時間を必要としない。
彼らにはそれほど強大な武力があるのだと。
だがどうだろう?
門番に選ばれて、初めて彼は師匠の言葉を疑うのだった。
そしてもう一人。
師匠の言葉を信じられなくなった者が一人。
「そんなことない……うそだ」
「ウソじゃない!! 本当に言ったんだ! お前は死んだと!!」
明かに狼狽しているアーリンを、泣きながら責め立てるエルフの若者。
はたから見れば、何とも奇妙な光景。
だが確実にその言葉によって、アーリンはダメージを受けていた。
「そうさ……そうだよ! お前は自分の師匠に捨てられたんだ!!」
それは親に捨てられたと言っているのと同義だった。
生みの親に捨てられたのは、もはやエルフの里にいた時点で明白。
理由はどうあれ事実だ。
そして自分を育て上げた片割れ、アルテア・ポーラシュルテンは自ら手を下してアーリンを殺したと里で風潮するようなことをしているらしい。
養母は知っているのか?
そもそも何で師匠が自分を?
もしかしたら養母も……?
あの祝福されたように感じていた精霊の笑顔さえ、もしかしたら自分の思い込みだったのではないか?
あの里で心の支えにしていたすべてに裏切られてしまったかのような絶望が、アーリンの顔色を染めている。
もはやアーリンは立っていることすらできず、服が濡れていることすら認識できない。
「そうだ……そうだよ。ここでお前を殺してしまえば……僕の汚名も、あの髭野郎もまとめて……」
エルフの眼が怪しく光る。
彼から見ても戦意のなくなったアーリン。
成人の儀で磔にされた過去を上塗りできる絶好の機会が、そこにある。
さっきまで全然届くことのなかった拳とアーリンを見比べる。
頼りのなかった拳に力が宿っているかのように見えたのだ。
『精霊よ、我が願いを叶えたまえ! 穿て炎の刃! 敵を跡形もなく灰にしろ!!』
アルテアやベガに比べればたどたどしいエルフ言語での歌が流れる。
普段のアーリンであれば、余裕で対応できるほど遅い精霊術の発動。
しかし、今のアーリンは普段ではない。
完成しようとしている精霊術に、意図はしていなかったが隠していた武器をぶつける。
『我変革者として願い奉る。祖は生命のゆりかご、万物の母。その激情をもって我が脅威を押し流せ』
初めて聞くアーリンの詠唱にエルフの意識が奪われる。
アーリンめがけて完成した術は空中に停滞し、逆にまだ完成していないはずのアーリンの魔法はエルフに向けて巨大な敵意を放っている。
見た目の勝負はエルフの精霊術。煌々と周囲を照らす程の大きな炎の槍の穂先が揺れている。
しかしアーリンの顔ほどしかない水球に込められたアーリンの感情は周囲へと伝わる。
見ているものを震え上がらせるほど。
「ぅぅわぁぁあぁ!!!!」
耐えられなくなったエルフが恐怖を吐きだすように炎の槍を射出する。
「水槍よ……敵を穿て」
アーリンの唱えた最後の言葉。それをアーリンの声だと認識した者は誰もいなかった。
まるで何かを呪ったかのような重苦しさを聞くものに与えた。
煌々とあたりを照らす炎の槍と万物を穿つために進む水の槍。
接触すると高温の蒸気があたりを包む。
フレットですら驚く結果だった。
あんなに小さな水の槍があの大きな炎の槍と互角という事実。
助力するために握っていた拳を開く。
そうしてあたりを温めたはずの蒸気が不可解な動きを始めた。
急速に周囲に広がったはずの蒸気が収束しエルフを包んでいく。
まるで巨大な拳が握られたかのようにエルフを握っていく。
「なっ! わぁぁあぁあ!!」
動揺し身体を振って逃げようとするエルフだったが、どうも様子がおかしい。
蒸気に押し潰されるようにエルフの動きが制限された。
「ぁ、あっ! ああぁ……」
身をよじっても逃げられないという恐怖に囚われたエルフは、もはや人の言葉さえ話すことができないでいる。
「そうか、じゃあ! 俺はもう!! ……エルフの敵でいいんだな!?」
「まっ! わ、わからっ! ……ぶふっ!! まっ……っぐ! ……っぁが」
怒りに染まったアーリンの拳が何度も打ち付けられていく。
アーリンと旅を共にしてきた仲間たちでさえ、初めて見る光景に誰も止めることができないでいた。




