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100話「誰」

 アーリンたちの視線を受けて、観念したように丘を降りてくるエルフの姿。

 その美しい姿に魚人の門番の眼ですら、一瞬釘付けになるほど。

 その人物がこの場所にいるという事実すら、現実感のない出来事のよう。

「はぁ~」

 エルフはその顔貌には似合わないほど、めんどくさそうにため息を落とす。

「お前……アーリンだよな? 本物か?」

「ああ。お前は誰だ?」

 あのエルフの森でアーリンを知らない者はいないだろう。

 それなのに、本当にアーリンなのかを確認してくるという行為を行う。

 それ即ちアーリンの所業を知らないエルフなのだとアーリンは判断する。

 だから問うたのだ。誰だと。

 しかし、その言葉がよほど気に入らなかったのか、エルフの表情がみるみる変わっていく。


「誰だ……だと? お前のせいで……お前のせいで!!!」

 激しい憎悪にまみれた視線と声。

 明かに顔見知りのエルフであるのは間違いないようだ。

 だが残念なことに、アーリンもマーファもその人物に心当たりがない。

 アーリンは激しい迫害により、エルフ全体を一括りで認識し個体に対して興味がない。

 唯一自分を育ててくれた養母のベガと師匠のアルテアだけを個別認識できる。

 マーファも似たようなものだ。

 アルテアの血族だという事実があるにもかかわらず、髪の色が違うや里の外で産まれたなど些細な理由で交流がもたれなかった。

 そのためマーファもマーファで、エルフの個人の違いは認識できるが、その人物がだれそれという名前であるという情報を持ってはいない。

 だから、いったい彼が何故怒っているかわからない。

 わからないが……アーリンとマーファからの心象は最悪だった。


 彼が怒っている理由はわからないが、何に対して怒っているのかだけは明確だ。

 エルフの里で行われてきたアーリンへの仕打ち、そしてマーファが行われてきた無視という行為。

 それらの清算としてアーリンが行った行為に怒っているのだろうと予想はつく。

 彼らの成人の儀をめちゃくちゃにしたことだ。

 アーリン一人で参加者を一人残らず撃破した事件について怒っているのだろう。

 ただわからないのは、彼がそれを目撃したのか、誰かから伝え聞いたのかがわからない。

 まあ、どちらだとしても敵意を向けてくるエルフには変わらないのだが。

「お前のせいで! ……お前のせいで!!!!」

 怒りのまま迫ってくるエルフ。

 怒りに任せて走り出したエルフの足取り、それを見てアーリンは何かが引っかかる。

「お前……もしかして」

 エルフを個別認識できないアーリンでも覚えていることがあった。

 それはエルフの収めた武術の違い。

 親から子へ、一族から子供たちへと受け継がれた武術には、それぞれ特徴があった。

 その違いだけはアーリンの記憶に明確に刻まれていた。

 それはそうだろう。

 幼い頃からその身に刻まれ続けた記憶なのだから。


 怒りの拳を苦もなく受け、アーリンは相手のその顔をマジマジと覗き込む。

「お前……もしかして成人の儀にいたやつか?」

「やっと思い出したか!!」

「っえ!?」

 アーリンとエルフのやり取りに驚くマーファ。

 あの成人の儀にいた人物が、再びアーリンに挑んできたことに驚いているわけではない。

 アーリンがエルフを個別的に覚えていることに驚いていた。

 未だに自分は、この人物がわからない似というのに、アーリンが判別できたのかと。

「お前のせいで! お前のせいでな!!」

 それならこの怒りもわかなくもないとマーファの苛立ちは少しだけ熱を下げる。


 あの儀式の参加者であれば、ここまでの怒りを示す理由がある。

 エルフという長寿の時間を有効利用した武術家が、生まれ落ちて15年の人種の少年に負けたのだ。

 普通であれば、負けるわけのない相手に負けた。

 それだけで、あの里においてあの年代のエルフは腫れ物だろう。

 アーリンが刻み込んだ衝撃で、あの年代全てのエルフが使い物にならないのだから。

 さぞかし彼の感じたこの数年は永いものだったのだろう。

 そしてこれからもあの事件は語り継がれることを考えれば、理解もできる。

 この怒りは理解ができる。

 

 しかし、アーリンの方はそうではなかった。

 激しい怒りの言葉の中に、絶望が隠れていたからだ。

 それをアーリンだけが見ていた。

 だから相手が必死にアーリンという存在を否定するために繰り出す拳をただ捌くだけ。

「何で……お前が! 何で!!」

 怒りのまま攻撃し、それを完全に防御されて相手はアーリンの存在を明確に感じてした。

 否定するために振り上げた拳が、アーリンという存在を明確にしていく。


 次第に勢いがなくなっていく拳。

 恐怖に染まった涙がエルフの頬を濡らす。

 そこまで来ると、何やらおかしいと全員が理解する。

 このエルフの言動が。

「いったい何だって言うんだ」

「……る?」

「あ? なんだって?」

「何でお前が生きてるんだ!! お前は死んでるって聞いたから……こんな所まで来たって言うのに!!! なんでアーリン! お前が生きてるんだよ!!」

 エルフの言葉を聞いたフレットもタメエモンも絶句している。

 その言葉をただの怨嗟の声だと聴いた者も唖然とする。

 

 ただアーリンとマーファは違う。

 もしかしたら死んでいたかもしれない状況は、これまでの旅でいくつもあった。

 だが他者が明確にアーリンの死を確信した場面は一つしか浮かばない。

 それを知っている人物と目のまえでアーリン怯えるエルフに接点が見つからないからだ。

 だからマーファはさっき少しだけ下がっていた怒りが再燃した。

 アーリンは……怒りに燃えていた。

 あの出来事を、本当は心のどこかでは否定し続けていたから。

 あれは夢、もしくは別の出来事を違うふうに認識しただけで事実ではないんだと。

「お前、それ……誰に聞いた?」

 しかし、あれが事実だと認識されてしまった。


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