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9話「5年も前」

 敗戦を経てアーリンの生活は、また少し変化した。

「ワガシヲ……持って、前回の……へ、ヘンカキュウ?」

「違うわ、『わが意思をもって世界に変革をもたらさん』よ」

 養母であるベガから精霊術を本格的に教わるようになった。

 ……しかし、アーリンには未だに精霊術を発現させることは出来ないでいた。

 元々師匠のアルテアから、

「精霊術なら、あの婆に教わるほうがいい。基本を押さえてるし、悔しいが俺様もあそこまで使いこなせてる自信はない」


 自信家で実力の裏打ちがある師匠が、他人を認める発言をすることは稀である。

 だからこそ、アーリンはようやく思い腰を上げ養母に精霊術の授業を頼み込んだ。

 転生後のアーリンにとって、言葉はさほど障害ではない。

 なぜなら万能眼には、発せられた言葉すらも見える。

 しかも初めて聴いた慣用句であっても、色識別でその言葉のニュアンスを伝えてくれる便利機能着きだ。

 もっともアーリンがその機能を自覚したのは、例の発言以降であるため現在もたいした便利さはないのだった。


 しかし、そんな万能眼であっても精霊術に使われる言語はみえず、全くの未知の言語を最初から教わっている状態にある。

 アーリンの前世は、歌の歌詞すらまともに聞き取りも発音も出来ないほど他言語に関心のない人生であり、その弊害は今の生にも影響を及ぼしている。

「も、もう一度お願い。義母さんもっと簡単なやつで」

「ふふ、これが基本です。お願いを聞いてもらうのに短くしたら伝わらないでしょ、ほら、もう一度」

 アーリンが精霊術を習得するのはいつになるのか、それは誰にもわからない。


 ◇ ◇ ◇


 アーリンが精霊術に手も足も出ないなか、エルフの里に一つの変化があった。

 それはエルフの里に新しい住人が増えたのだ。

 エルフの里には、珍しい赤毛の少女。

 その真夏の夕日を想わせる赤々とした髪。明るい髪色とは裏腹に、彼女はあまり言葉を発することがなかった。

 アーリンのせいで外界に興味のなかったエルフたちは、自分の近くの異物を極端に嫌う傾向を持ち始めていた。

 そんな中でエルフのなが耳を持っていながら、金毛ではないその姿はこれ以上ない異物感をエルフたちに与えてしまう。

 彼女の名は、マーファ。

 エルフの母と他種族の父を持つ、いわゆるハーフエルフと呼ばれる種族。

 外界との繋がりが希薄なエルフの里において、彼女はこれ以上のない異物として認識されてしまう。


 しかしながら、彼女がアーリンのように迫害の対象になるかと思えば、そうではなかった。

 確かによそよそしく扱われはするものの、子供たちであってもおいそれとは手を出さない。

 それが、どれほど大人たちに厳しく言い聞かされているのか傍目からも理解できてしまうほど。

 それもそのはず彼女は髭を生やした変わり者エルフ、アルテアの血縁だからだ。

 弟子であるアーリンをどう扱ってもなにも言ってこないアルテアであっても、血縁であれば話は別だろう。

 そう判断したエルフたちは、まるで腫れ物でも扱うように彼女に接している。


 そんな赤毛の少女をアーリンが初めてみたのは、師匠との修練の場であった。

 緑のなかひときわ目立つ赤い毛。

 顔立ちのいいエルフの中であっても、目立つであろうその顔立ち。

 しかも師匠の妹の子、という一瞬この世の言葉ではないと勘違いしてしまった関係性。

 そもそも師匠に親がいるという事実が認識出来ないほど、アーリンにとって師匠のアルテアは人間離れした存在だった。

 血縁がいたことすら衝撃的にも関わらず、師匠の言葉はもっと衝撃的であった。

「これからは、こいつも一緒に鍛えることにした」


 少女と一緒に修練しろと言う。

 なぜ? そう思うアーリンに師匠はもっともな言葉を用意していた。

「防御の技にゃ、組み打ちにもっていかないと成立しないものもある。俺様とお前じゃそもそも組み打ち自体が成立しない。今の身長じゃ足らないんだ、お前」

 年齢はそれ以上たが、体格差は大人と子供。

 教えるにも教えられない技術があった。

 動きを見ることは出来るが、用法や作用を教えるためには実際の動きの中でないと覚えられないこともある。

 そのためにはアーリンと同じ程度の身長を持つ子供の存在は不可欠だ。

 必要の理由はアーリンにもわかった。

 だか、女の子だ。

 前世の記憶がどうにも違和感を与える。

 もちろん前世であっても性別は問わず格闘技を行うことも、女性のプロ格闘家がいたことも知っている。

 ただ、自分の周囲には居なかった。ただそれだけの違和感なのだか、アーリンにはぬぐえなかった。


 なぜなら最近の修練では拳を当てる。

 もちろん師匠自体は手加減しているのだろうが、アーリンはそれを実感できたためしがない。

 危険なのでは? そう顔に出ている。

「お前の疑問は、直ぐに解決するさ」

 そう言って二人を向かい合わせ、構えさせる。

 実戦で危険かどうか判断しろと。


 半信半疑のアーリンも五回も転ばさせられた頃には、理解できた。

 ハーフエルフといえ、自分より上の位に彼女がいることが。

 いや、今まで会ったエルフの子供たちの誰よりも上であることが。

「俺様の妹の子だぞ、お前の義母の次に里で恐れられた女の子供が弱いわけあるか」

 アーリンにとって、初耳の事実である。

「まあ、もう5年も前のことだかな」

 エルフである師匠が、5年を『も』と言う違和感はアーリンでも感じ取れた。

 理由を聞いてはいけない事も、何となくだが理解できた。

 師匠と弟子、初めての意思の疎通だったかもしれない。

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