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あなたもだ

世界は物語を作り出す。歴史だったり日々の営みであったり、それは物語の一部だ。

だが物語もまた世界を創出するのだ。


世界、あるいは宇宙の構造などというものは最先端の宇宙物理学者がこういうものであろうといえば、そういうものなのかなと頷くだけなのだが、それを証明する事柄や方程式など世界で1ダース足らずの人間が理解できるかどうかだろう。


じゃあホントは世界の形ってこうじゃないのとある日、超絶(スーパー)物語(フィクション)が主張したとする。その物語のあまりの面白さが世界中の人を魅了したのなら、むしろ宇宙の形はそちらが本当だといってもいい。多数決ならこっちが真実だ。


だから現在、我々が生きるこの世界(リアル)は実は物語の一部に過ぎず、様々な異世界(メタリアル)があるらしいというのは多くの人の常識だ。そこには魔法が存在し、人々はウインドをオープンしてステイタスを見ていたりする。何だそりゃ。

想像力によって多様性を得た筈の世界なのに一様にモンスターはスライムとゴブリンで、魔法によって疲労回復したり蘇ったりするのも当たり前だ。何で切断された手足が生えてくるのか物理方式とは関係ない。これも超現実のひとつだ。


笑ってはいけない。物語世界に浸かりきった世代にはそれがもうひとつの『真実の宇宙(リアルワールド)』なのだ。この間、私の部下が『あちらの世界では一億くらいのゴールドは持っているのですが』と会議中に発言し、内藤部長が後ほど俺に『あいつは資産家の孫なのか』と真顔で聞いてきた。



前置きが長くなった。

俺はとりあえず俺にとってのリアルであるこの世界に戻ってきた。

妻が二人、ほぼ同じ顔をして同じことを発言する。違いは眼尻にある泣きぼくろだが一人は右、一人は左にある。確か右にある方がこの世界の俺の妻で左が裏宇宙から来てしまった裏の妻だ。

確かめるにも度胸が必要だ。俺はそんな命知らずではない。


そして今俺は歯科医院のベッドで歯医者と話し合っている。


「口の中を覗いた瞬間にまたどこかに飛ばされたのでは困るよ」

医者が言った。確かにそうだ。

だが俺は少しずつ自信を持ち始めてもいる。

多分『吞み込まない』と強く思えば呑み込まないで我慢できるはずだ。


「しかし麻酔をしたらどうなるだろうか」

医者の心配に俺も頷く。


「万が一ボヤッとして痛いから、もう止めたいなどと考えてしまったら…」

自信がないな。しかし…


「やってみましょう。何とかなります」


医者はうすら寒い顔で俺を見たが、渋々頷いた。彼にしても早めにこの事態を沈静させたいのだ。

「とにかく頑張って痛くないように施術しましょう」

それが出来るのなら一回目もそうしてほしかったものだ。



一時間後、俺は病院の治療台に座っている。もはやこれが本当に元々の俺の世界なのか、別の宇宙のひとつなのか、はたまたすべてがあの教授や国家公安委員会が作り出した虚構の一部であるのかも判らなくなっている。そして多分俺にはどうでもいいことだ。


妻と俺の平穏な生活を脅かすモノを閉じ込める。この親不知抜歯によって『あるべきものがあるべき場所に』とあの教授が言った。それ以外に頼るものがないのであればそうしてみよう。

医者の用意したどうみても拷問の道具以外に見えない長いやっとこのような道具と、彼がかけている双眼鏡的な眼鏡はこの非現実感に拍車をかけた。

麻酔が俺の思考を邪魔する。次に意識がハッキリしたときは宇宙の織物は平坦なものに戻っている筈だ。



それほどの時間は経っていないだろうと考えられる。

「終わりました。きれいに親不知が抜けました。信じられないことに左右まったく同じ形です」


医者の言葉に俺は例の『クラインの壺』状であるという歯を見せてもらった。なるほど不思議な形だ。根本がグルリとカーブし、歯の中間くらいにまた潜り込んでいる。

それにしても歯が抜けた瞬間に何か起こると思ったのだが、何も起きた気配はない。いや、すでに起きているのだろうか。



医者が言う。

「何だ、これは」


「どうかしましたか。自分ではわからない」


「あなたが分裂しかかっている」


驚いた。俺が隣にいる。…というか両方俺で、俺はどっちの俺だ。両方俺だ。俺が両方だ。

あまりの奇妙さに開いた口が塞がらない。それが悪かった。


至近距離の隣で大口を開けたらどうなるか、そう、俺は俺を吸い込み始める。もう一人の俺も俺を吸い込む。訳がわからない。はじめから理解しにくい話だったのにさらに意味不明になりつつある。


「うわわわわっ」

「どうなるんだ、この話は!」


俺と俺は二重の螺旋構造に分解されてお互いに吸い込まれていった。








「ここは俺の自宅。そして君は僕の…愛する妻」


自宅のダイニングで朝食の椅子に座りコーヒーを飲んでいる俺が呟いた。


「何よ。いきなり」

妻が胡散臭いモノを見る目で俺の前にベーコンエッグを置く。


「ありがとう。…しかし君はいつから一人になったのだ」


「この世界は通常運転の表世界よ。心配しないで」


主人公はホッとして胸をなで下ろす。

「よかった。平和が一番…いや、何言ってるんだ」


「君の行動のせいじゃよ」

いきなりテーブルの下から教授が顔を出した。


「うわっ。やはりハッピーエンドではないじゃないか」


主人公の叫びに妻が答える。

「まあ、いいじゃないの」


「よくないと言えばよくない」

今度は冷蔵庫が開いて中から教授が顔を出す。

私も驚いた。


主人公は周囲を眺める。

「教授は現在何人いるのですか」


天井のボードを一枚外して逆さまに顔を出した教授がニヤリと笑う。

「無数だ」


主人公の前にあるマーガリンの容器がパカリと開き、中から小さな教授が這い出てきた。

「君は物語の主人公であるが、もう一人の主人公と位相次元転換の二乗を行う…つまり吞みこみあうという非常識なことをしてしまった。他の宇宙や裏宇宙どころかさらに大きな世界の穴が開いてしまったのだ」


主人公の妻がニコニコとしている。

「虚構空間の妻として平然としております」


私も口を出した。

「なぜこんなところに来たのかと思ったが…そういうわけ?なのか」


主人公が私を睨んだ。

「また見知らぬ登場人物か。いい加減にしてほしい」


作者である私も同感だ。

「確かに私の作品としては入り組んだ構成にし過ぎている。しかしまさか作者が物語内に取り込まれてしまうとは」


主人公の妻の胸元からニョロリとした教授が顔を出した。

「きゃっ。エッチ」


ニョロリ教授はムヒヒと笑って周囲を見回す。

「君たちの親不知穴によって虚構世界と現実との境界線も崩壊しつつある。作者がここにいるということはいずれさらにその境は滲み、はみ出し、なだれ落ちていくであろう」


主人公は顔色を失う。

「どうなるんですか。まずこの物語の結末は」


私も心配だ。



人間が人間として社会を成立させたのは虚構を集団催眠のごとく共有したからだ。言語、身分制度、貨幣制度…AI…これはすべて虚構であり現実である。

虚構は現実で現実は虚構だ。容易にその境界は消滅しうるものなのだ。


私はダイニングにいるすべての登場人物に警告する。

「君たちが現実世界に干渉することを禁止する。けっしてPCで物語を読んでいる方に手を出すな」


教授が笑った。

「君は作者かもしれないが、ここに引き込まれた時点で登場人物の一人ではないか」


別の教授も笑ってあなたに目線を向ける。

「あなたがこのPCを消したとき、黒い画面に自分の顔が映る。約束しよう。背後に今発生したトンネルも見える筈だ。それはこの虚構世界の崩落箇所だ」


主人公はオロオロして妻を引き寄せつつ、あなたを見た。

「身体に気をつけて。後ろを見ないで」





















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読んでいただきありがとうございました。

結末だけは予定通りで短編として投稿するつもりだったのですが、何か長くなってしまいました。

でもまあ、割と満足です。

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