俺が裏返った
…宇宙は様々な可能性を含んだ連続する世界線によって成り立つ。隣に存在する宇宙は概ね同じようなものだが、離れれば離れるほど異なるモノとなっていく。
例えばこの世界で俺はフツーの会社員であるが、離れた宇宙ではMLBで1000億円くらいもらう野球選手だという可能性もあれば、アイドルになっていてキャーキャー言われてる世界線も存在するかもしれない。
宇宙という織物は縦の世界線とそれを横切る時間の流れで構成される。
博士によればそうやって織られた布には裏も存在するという。もちろん我々にとって裏でも、向こう側の宇宙からすればこちらが裏だ…と教授が説明した。わからんけど。
そして…俺の親不知を抜いた穴が奇跡的にも裏世界と同期するクラインの壺そのままの形状であり、さらに手術中の医師の器具についていたケーブルがメビウスの輪として完璧なスイッチの役割を果たした。
かくして親不知の穴は交わるはずのない裏宇宙と交差したのだった。
前回までのあら筋を語ってみたが、やはり意味不明だ。やるんじゃなかった。
「では裏の宇宙に行きますよ。準備はいいですか」
相変わらずの無表情で助手が言う。
何故か頭部にライトを装着したマッド教授を先頭に教授と手を繋いだ助手、助手と手を繋いだ歯科医、その歯科医と手を繋いだ俺…が一列だ。何だか馬鹿みたいだ。
「何で私が」
医者が嘆く。
「向こうの世界で抜歯をやってもらう可能性があるのです。あなたの人権はすでに剥奪され、我々に協力することになっています。これが総理の命令状です」
助手が嘘っぽい書類を一枚ペラペラとかざした。嘘っぽい。この医者よく信じるな。
「あの…私は大丈夫なんですか」
俺の行方が心配だ。俺の顔の前には『強制開口装置』という拷問用の器具的なものが置いてあり、俺の恐怖心を一層煽る。
「私は自分を吞みこむことになるという、その図が想像できないのですが」
「宇宙の仕組みは常に想像を超えるものなのです」
教授が何故か誇らしそうに言う。答えにはなっていない。
「なるほど。パチパチパチ」
助手が意味もなく肯定し、拍手の音まで口に出す。
「なるほど」
歯科医も言った。絶対わかってないくせに。
「あなたは自分自身の奥歯の向こうへ裏返っていくことになります。めくれちゃう感じでしょうか」
助手が事もなげに言った。
「めくれちゃったらエラいことでしょう。魚のはらわたを洗うんじゃあるまいし…ウプ」
俺は自分の言った例えで恐ろしい図を想像し、吐き気を催した。
「あくまで形而上的にめくれて裏返るのです。○○が○○して××をまき散らしたりしませんからご安心を」「きっと多分」
「いやだ。行きたくない。やめましょう」
「奥さんを助け出すのでしょう」
教授がギロリと俺を睨む。妻を助けたいのはやまやまだが、裏返るのはご免だ。
先頭の教授が俺の口に近づく。これで4人で輪っかになっている。ますます馬鹿みたいだ。
「さあ、行きますよ。口を開けなさい」
「こんなおじさんを吞み込まなくてはいけないとは。何と因果な」
そう言ってから俺は教授の指示に従い、『強制開口装置』に顔を乗せ口をセットする。
これでもう自分の意思では口が閉じられない。
「ワハハハハ。ついに別次元への宇宙に行けるのだ。夢が叶った。このトンネルで身体が分子レベル消滅する確率は50%だが悔いはない」
教授の言葉に俺は口を大きく開けたまま眼を見開いた。
「らんらろ」
構わず教授が強制開口装置を作動させて、そこに身を乗り出す。
「おおっ、何だ!この感覚!」
俺の目の前の教授がいなくなるのと、俺の身体感覚が喪失するのはほぼ同時だった。
裏宇宙とはどういうところなのだ。俺も作者も不安なままに次回へ続くのであった。
読んでいただいている方、ありがとうございます。
物語も作者も混迷を極めております。
次回、多分明日投稿します。したいと思います。メイビー。




