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世界が交差した

「ご予約はないようですが」


歯医者の受付嬢がのんびりと言うので、俺は焦ってまくし立てる。

「予約も何もそんな場合ではないのです。妻が失踪しました。いや、失踪ではなく消失です。ガサツで乱暴で物欲の鬼のような女性ですが、多少は可愛いところもある、その、例えば寝る前の欠伸などはフニャアなどと猫のような声を」





妻が俺の口の中に消えた。

消えた妻の声も今は聞こえない。

いろいろ言いたいことは山のようにクドクドと大量にあるが、それでも長年連れ添った可愛いところも無いと言えば嘘になる気がしないでもない妻だ。


どこへ助けを求めるべきか迷った。警察か自衛隊か弁護士か科学特捜隊か。

よくよく考えて俺は親不知を抜いた歯医者に行った。






受付嬢が微笑んで俺に言う。

「落ち着いてください。今回はどの歯がどのように痛いのですか」


俺は一旦深呼吸をする。

「歯が痛いのではなく、消失した妻に関する相談です」


「…」

受付の女性が黙り込んだので、これは納得したのかと一瞬考えたがそんなわけはない。

明らかに不審者を見る顔だ。

隣に座る丸顔の女の子に目配せをした。

丸顔の女性が何処かへ電話をするのを見て、俺は悟った。


よくよく考えたらこれはいかん。どう考えても警察に通報されている。

『妻が私の口で消失し、その理由を求めて親不知を抜いた歯医者を問い詰めるために来院しました』などと言って警察のヒトが『なるほど、お気の毒です。歯医者をタイホします』とは言うまい。


「すみません。話を端折りすぎて意味不明になったことをお詫びします。私の親不知を抜歯してくれた医師の方とお会いしたいのです」


俺が丁寧に言っても二人の受付嬢の表情は変わらない。

「少々お待ちください。できればあちらにお座りになって。もっと離れてください。オホホホ」

完全に危険物を遠巻きに見る視線で貼り付いたような微笑みを浮かべている。


「わかりました。出直します」

俺は病院を素早く出ようとした。警察がやってきたらややこしい。よく考えたら一番ややこしいことを言っているのは俺自身だしな。





翌日、俺は大学病院にいた。


「ウフフフフ。これは何とも素晴らしい。見なさい、助手くん」


「博士、落ち着いてください」


俺の前には俺の親不知を抜いた歯医者、見知らぬ大学教授とその助手がいる。

その教授と助手が二人で望遠鏡のようなスコープを俺の口に突っ込んで中を覗いているのだ。






妻が消えたその日に俺は歯医者に駆け込んで、それから警察に連行された。

素早く病院を去ろうとしたのだが警察の方が一歩早かった。

俺の罪状は脅迫罪だ。意味不明な言いがかりをつけて受付を脅迫したというのだ。

言われてみればそうとられても仕方ないが、留置場で時間を浪費していたら妻の救出がどんどん遅れてしまう。


「無実だ!俺は何もしてないぞ。ただ親不知の手術のせいで口の中に妻を吸い込んだだけだ!」

警官が呆れた表情で留置所の扉をガシャンと閉めた。



だが警察官もその日の夜、信じられないモノを目撃し、俺をどう扱うかはエラい人達の間で協議されることとなった。


留置場の食事の後、警察官の目の前で俺の口からゴボッと大きなバッグがひとつ出てきたのだ。


「グエッ、ゲボッ!」

涙目の俺だ。どうしてこの大きさのものが口から出るのか不思議だが、出てきちゃうんだから仕方ない。

そういえばこれがロエベのバッグというやつなのかもしれない。バッグの持ち手に片仮名で「ロエベ」と書いてある。絶対パチモンだな。


「ど、どういうことだ。非常識な!」

目撃した警察官は青い顔で怒鳴ったが俺だって出したくて出してるわけじゃない。


「そ、そういう…ば、馬鹿なことをすると死刑にするぞ!ば、バッグを口から出すなど…ば、ば、馬鹿なことをするんじゃない。ば、バババ」

バが多い。現代の警察にあるまじき発言だが、パニック状態なので許してやろう。


警察官の恐慌より重要な事象があった。妻の声が奥から聞こえたのだ。

「バッグ!私の…バッグ!ロエベ……ロ…」


またすぐに聞こえなくなった。いろいろ言いたいことはあるが、それでも妻が心配だ。



警察署長が言った。

「君のような非常識なヒトを裁く法律を我々は持たない。というか、口からバッグが出てきたり女性の声が聞こえてくるようなモラルというかコンプライアンスに問題があるというより…気持ちが悪いんでここには置いておけない。幸い大学で妙な研究をしている変態教授が君を引き取りたいと言っている。身柄はそちらに預ける」

色々とものすごく失礼だ。モラルに問題があるのはそっちだと思うがとにかく俺は釈放され(?)大学病院に身柄を移送された、というより警察が俺を見放したという方が正しいような気もする。






そういうわけで今その変態教授の部屋に俺はいる。

「ウフフフフ。これは何とも素晴らしい。見なさい、助手くん」


はげ頭の両側頭部に長い白髪を生やした一目見てマッドサイエンティストの教授が分厚い眼鏡をかけた小柄な女性助手に話しかけた。

教授は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に出てくるドクにそっくりだ。たぶん寄せている。


女性助手は無表情。

「マッド博士、落ち着いてください」

そのままやないかい。


博士と助手が二人で望遠鏡のようなスコープを俺の口に突っ込んで中を覗いているのだ。失礼な。

ひひはへんに(いい加減に)ひひょ(しろ)ひっはい(一体)ほおらってひるんら(どうなってるんだ)


「すみません。このくらい距離を取らないとキケンなのですよ。あなたの親不知穴(ワームホール)に吸い込まれかねないので」

助手がまったく申し訳なく無さそうに言って、俺の口の中でスコープをグリグリ動かす。

「ぐひゃああ」


「あのう」

歯医者がおずおずと切り出す。

「いったい何で私はここに呼び出されたのでしょうか」

それから怖々と俺に視線を移す。

「この人、一昨日私の病院に来て恐喝した方ですよね」


ひょうはひゅほは(恐喝とは)らんら(何だ)ほれほふむほ(俺の妻を)ひゅふへひゅへいり(行方不明に)ひへほいへ(しておいて)ほほやぶひは(このヤブ医者)

俺は口にスコープを突っ込まれたまま医者を睨みつけた。


「何を言ってるのかわからんが悪口を言われた気がする」

医者が嫌な顔をした。


マッド博士が俺の口からスコープを外して、まあまあと仲裁する。

「あなたの言うことは正しいのですが、このお医者さんのせいではないのです」


「私が解説しましょう」

相変わらずの無表情で助手が説明を始めた。


「お二人はそもそも『マルチバース理論』をご存じですか?」


「よくわかりません」「元阪神のバースならば」


「『多元宇宙』…つまり我々の住むこの世界が唯一の宇宙なのではなく……」


この後1時間に渡って俺たちは理解不能な話を聞くことになるのだが、割愛しよう。

隣で医者が無責任にも居眠りをしている。


「そして私はこの多元宇宙にもうひとつ、裏と表があることを理論だてたのです。あなたの口から出てきたバッグや木彫りの熊はこの世界のものとほぼ同じですが成分などちょっとずつ違う。私の仮説通りです。この宇宙には『裏宇宙』が存在する。言うなればマルチバース裏表理論ですね…」

今度は教授が話し始め、再び1時間経過した。




「起きなさい」


教授に俺と医者は起こされた。

ぐっすり眠っていたらしい。


「ようするに私の口の中に何が起こっているのですか」

俺にとって大切なのは妻が救えるのかどうかということだ。


「あなた全然私の説明を聞いてなかったようですね」

マッドな教授は特段不満そうでもなく、そう言った。

「まあいい。あなたくらいの知能程度で理解できることではない。砕きまくって要約しましょう。無数のうちのひとつである私たちの宇宙にも『裏』の世界が存在します。そこには裏のあなたや裏の私が生きている」


助手が続ける。

「本来なら交わるはずのない表と裏、位相幾何学でも表面と裏面は別の世界です。それが偶然が重なって交わってしまったのです」


俺は理解できない。

「まったく何を言っているのか」

医者も言う。

「帰ってもいいですか」


「まあ、これをご覧なさい」

助手が一枚のレントゲン写真を見せる。


「ああ、これは私の病院で撮られたものですね」

医者が覗き込む。


「これはあなたの親不知のアップです」


「ブサイクで変な形だなあとは思いましたが」

医者の癖に患者の個人情報を流したばかりか中傷を。


「そう!この形なんです」

教授が満面の笑みである。どうして俺のレントゲン写真で大喜びなんだ。


「私の親不知がどうしたって言うんですか」


教授と助手が写真をなぞりながらニヤニヤしながら顔を見合わせる。

「ほら、この形。歯の根元が大きくカーブして180度ターンし、また歯の中間に向かって潜り込んでいるでしょう」


「はい、ものすごく変な親不知です。抜くのに苦労しました」と医者も笑って頷く。


「人の歯の形をみんなで笑いものにするとは」


俺の憤りに教授と助手、医者がそろって手を振る。

「いやいやいや」


「この形は『クラインの壺』という形なのです」


助手の言葉に俺は首を傾げた。

「どこかで聞いたような…」


「ご存じのように『クラインの壺』は表と裏面、外側と内側がない立体です。位相幾何学的に大変特異な立体図形なのです」

知らんがな。


助手がモニタのスイッチをオンにする。

「これもどうぞ」


歯医者の治療室、俺の手術のビデオだ。こんなものもあるのか。


「これがどうかしましたか」


医者は怪訝な表情だが、教授は画面中の医者の手元をアップにする。

「ほら、コードがこんなふうによじれている」


「コードのよじれなんてどうでもいいでしょう」


しかしマッド教授は得意満面、嬉嬉として説明する。

「この手元のコードのよじれと歯医者さんの手つき、ほらほら三つの輪の形によじれているでしょう…『メビウスの輪』です。これも表と裏のない平面です」


助手がまとめた。

「つまりあなたの口の中に出来た大きな穴はこの偶然の重なりによって、私たちとその裏の宇宙を繋いでしまったというわけです。宇宙の危機です」


ああ、そういうわけだったのか。

「なるほど。そういうことだったのですか…ってわかるかーいっ」


ぼんやり聞いていた医者が口を挟む。

「あの…帰っていいですか」


「バッカモーーん!」

マッド教授が医者に怒鳴り、側に置いてあった熊の置物を放り投げた。俺のだ。


壁に熊がぶつけられて大きな音を立て、床に落ちた。医師は青ざめて立ち尽くす。


「君の手術のせいで全宇宙は崩壊の危機に瀕しておるのだぞ!こんな面白いこと…もとい大変なことになった責任をどう取るつもりだ!」


教授の剣幕に医師は腰を抜かしてそこにへたりこんだ。

「す、すいません。まさか親不知の手術が全宇宙の破滅につながるなんて思いもよらず」

…普通思わん。


助手が何もない宙空を睨む。何か怖い。

「さあ、奥さんを助けつつ、宇宙の崩壊を防ぐために裏宇宙へ行きますよ」


「行ってらっしゃい」「お気をつけて」


「バッカモーンッ!」

今度はパチモンのロエベがぶん投げられる。それも俺のだ。

「お前らも行くんじゃあいっ!」


「うえぇ!?」



俺自身がろくでもない『裏宇宙』とかに行って世界を救う1時間前の話だ。




話が進んでいるのかいないのか作者自身も不明の第2話です。次話もできるだけ早めに投稿します。今度は主人公が裏宇宙に行きますが、あまり変わらない世界ですのでそれほど変わらない物語が展開されます。見捨てないでください。ぜひよろしく。

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