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八 依頼について

 羊の崖という店は、教会からほど近い位置にある、シンプルなレンガ造りの店だった。赤茶色のレンガは一つ一つ微妙に色が違う。田舎っぽさはあるが、どことなくしゃれた雰囲気もある店だな、と春斗は建てられた看板に目を向けた。


 ――おいしいお肉、おいしい酒、今日も一日がんばろう!


 何とも脳天気なキャッチコピーである。ここの主人は陽気な人間に違いない。


「ここ、お肉がおいしいんですよ。やっぱり新鮮だからでしょうね」

「へえ」


 頷いて中に入る。木製のテーブルセットが所狭しと並べられていた。座っているのはどちらかと言えば男性が多い。


 と、いうより。


 外観の割に客層がだいぶあれだ。春斗は困惑を顔に出さないよう表情筋に力を入れた。


 ガラの悪そうな男性の多いこと多いこと。入れ墨にスキンヘッドが散見される上、無骨な武器がテーブルに立てかけられている。


 わはは、と陽気な笑い声が飛び交っているあたり、見た目があれなだけで実際は普通の男衆なのかもしれないが、とライムンドの座った席に腰を落ち着けた。


「日替わり定食を一つ。あ、何か食べられないものはありますか?」

「特に無い」

「よかった。では日替わり定食をもう一つ追加で」


 注文を聞きに来たウェイターになれた様子で注文をすると、ライムンドは青い目を細めて眉を下げた。びっくりさせてしまいましたね、と少しだけ申し訳なさそうな声が落ちる。


「ここ、討伐ギルド員のたまり場なんです。この村に住んでると当たり前になっちゃって、すっかり失念していました……」

「ああ、そういう。それで、話ってのは」


 討伐ギルド、というのは狩人の集まりのようなものだろう。名前からして腕自慢からがらの悪いっごろつきまで集まりそうな組織だ。なんとなく納得すると、春斗は早速ライムンドに本題を振った。


 本音は『余計なことを聞かれたくない』である。どこで墓穴を掘るか分かったものではない。


「失礼しました。話というのは、ある魔物の討伐依頼なのですが」

「おいおい、神官サマ、ここでよそ者にんな話するかあ?」

「皆さんはちょっと黙っててくださいね」


 盛大なブーイングが飛んだ。目つきの悪い男がライムンドに絡んできたが、彼は慣れた様子で雑にあしらっている。


 意外と気さくなのかもな、とややずれた感想を抱いて春斗は机に置かれたお冷やに口をつけた。ひんやりとした感覚が喉を通っていく。


「だいたい、この兄ちゃんも見るからに貧弱そうじゃねえか」

「そうだそうだ。腕相撲なんかしたら折れちまうんじゃねえの?」

「兄ちゃん、悪いことは言わねえからやめとけって。そこの神官サマ、旅人に対して謎の信頼がありすぎるからな」


 要は過大評価をしがちらしい。春斗は話しかけた三人の討伐ギルド員らしき男を一通り見ると、そうか、と頷いた。


「それなりに心得はあるつもりだが」

「そうですよ!それに、この方は守護神様と言葉を交わすことを許されたほどのお方なのです。その辺の腕自慢とは訳が違うに決まっています!」

「いやそれはイコールにはならないだろ」


 なぜか誇らしげなライムンドに眉を寄せて、つい突っ込んでしまった。すごい旅人だから腕も立つとはどんな理屈なのか。


「おう、兄ちゃん結構冷静だな」

「旅人やってるだけあるぜ」

「その調子で断っとけって」


 むっとした表情でライムンドがヤジを飛ばす男衆をにらみつける。げらげらと下品な笑い声が飛んだ。


「ま、話だけ聞く分にはいいんじゃねえの?なんつったって、タダだからな!」

「そらそうだ。依頼内容はきっちり把握しねえと死んじまうからなあ」

「そこに着地するなら最初っからヤジを飛ばさないでくださいよ……」


 ぷりぷりと怒る様は子供っぽい。春斗は苦笑いを浮かべると、残りの水をすべて口の中に流し込んだ。


 それで、とライムンドが座り直す。ヤジを飛ばしていた男衆も耳をそばだてていた。


「この村の近くに星見の草原があることはご存じだと思います」


 春斗は背中に冷や汗が伝うのを感じた。


「……生憎、地名には詳しくない。あのだだっ広い草原のことであってるか。歩いて一、二時間くらいのところに野営地跡がある」


「ああ、そこです。その草原に、やっかいな魔物が住み着いてしまいまして」


 神妙な顔をしてライムンドが言ったとき、ご注文の日替わり定食でーす、と軽い声とともに料理が運ばれてきた。

 ライムンドはちらりと春斗の顔を見ると、食べながらにしましょうとナイフとフォークに手を伸ばした。


 ほかほかと湯気を立てる分厚いステーキが中央に鎮座している。周囲に彩りとして添えられた野菜もなかなかおいしそうだ。

 いただきます、と口にしてからナイフを入れる。一切れ口に入れて飲み込んだライムンドが、行儀悪くフォークをくるくると回して続きを口にした。


「あそこは国境も近い、重要な街道が引かれているのですが、ブラックスキンベアーが住み着いてしまい、まともに通れなくなってしまったんです」

「ブラックスキンベアー……」


 要は交通の要所に怪物が住み着いてしまったので、追い払うか殺すかしてほしいという依頼らしい。


 それ自体は別に構わないのだが、と春斗は肉を咀嚼しながら眉間にしわを刻む。難易度がさっぱり分からないのが問題だな、と肉を飲み込んだ。


 そもそもブラックスキンベアーなる魔物がどんなものなのかすら知らないのだ。


(いや、こっちに来た直後に仕留めたな、熊もどき)


 確かにあれば黒い皮膚の熊もどき、ブラックスキンベアーと呼ぶに相応しい姿だった。


 でもなあ、と春斗は首を傾ける。そんな都合のいい話でもあるまい。


「兄ちゃん、ブラックスキンベアーも知らねえのか?」

「……いや、分からん。見たことあるかもしれないが、個体名を覚えていない」

「あー……たまに居るわ、そういうの」


 見かねたスキンヘッドの男が声をかけてきた。木製の大きなジョッキと食べかけの料理の載ったプレートを持参して、どっかりと春斗たちの座る席に落ち着く。迷惑そうなライムンドがちょっと面白かったのは黙っておくことにした。


「ブラックスキンベアーは、体長は人二人分ほど、鋭い爪と牙を持つ、体毛の非常に短い魔物です」

「あそこに住み着いたのは目が赤かったから、ありゃ変異種だってもっぱらの噂よ」


 ぴたり、と手が止まった。


「無駄にうるさいだんま……声を上げるやつか」

「今断末魔って言いかけたか?」

「気のせいだ。単独で狩りをする魔物であってるか」

「草原なんかに居る魔物じゃねえからな」


 要は群れる必要が無いのだろう。春斗は眉間に深いしわを刻んだ。


(……あれ、多分今草原に転がってるな……)


 後処理はしなかった記憶がある。おそらく確認しに行けば、死体が丸まる残っていることは無くとも、一部くらいは残っている可能性が高い。


 問題は、それを彼らが信じてくれるかどうかという話だ。


「まあ、見に行くだけならタダ、か」


 彼らの言葉を借りるように口にすれば、ライムンド含め店内の人間が不思議そうな顔をした。いつの間にか注目されてしまっていたらしい。なんとなく気まずくなって、春斗は落ち着かなさそうに咳払いをした。


「これを食べたら、あー……」

「星見の草原のことですか?」

「ああ。一回見に行くか」


 え、という焦った声が聞こえた。おいおい、というどよめきが一気に店内に広がる。


「やめとけって!」

「自殺しに行く気か!?」

「見に行くだけだ」

「いやいやいやいや、あいつら相当嗅覚が鋭いんだぞ、それこそ赤スグリの女でも無い限り、今あの草原は通れねえんだからよ」


 そうか、と春斗は頷いた。赤スグリの女が誰かは知らないが、そう呼ばれる女性は問題ないらしい。


「少し行って戻ってくるだけだ」

「さすがは旅人様!」

「ライムンドてめえは黙ってろ!」


 鈍い音が店内に転がって、ライムンドは声にならない悲鳴を上げて机に突っ伏した。

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