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四 教会

 そこは絵に描いたような村であった。


「じゃああたし納品行ってくるから、じゃあねー。楽しかったよー」


 ばいばーい、とカナメが大きく手を振って立ち去っていく。なんとなく春斗が手を振り返せば、何か面白そうなものを見るような目で春乃がじいっとのぞき込んでいた。


「意外と律儀じゃん」

「挨拶されたら返すだろ」

「初対面で敬語も何も使わない割には、律儀って話」


 くすりと春乃の目が細められる。


 彼女は一歩離れると、私も寄るところあるから、とある建物に目を向けた。


 レンガ造りの小洒落た建物だ。何かの店だろうか。


「あ、一回教会に行っておくといいよ。白い大きな建物が目印だから」


 じゃ、と軽いノリで手を振って離れていく。たたた、と軽い足音が遠のくのを聞いて、春斗はやっと肩の力が抜けた気がした。


 人の目はあるが、やっと一人である。


(春乃は確かに親切だったが、それが優しさに因るものなのかは分からないしな)


 灰色の、見た目だけはそっくりな少女は信用するにはどこか親切すぎるように思えた。


 春斗からすれば、そこまでする理由がないと思えてしまうのである。


(道中のでかい……魔物、だったか。あれを倒してくれと頼まれるものだと思っていたが、違ったわけだし)


 それであったらまだ納得いった。案内をする代わりに護衛を依頼する、というのは右も左も分からないが力だけはある人間にとって、渡りに船な話だろう。


 とはいえ、その辺に突然現れた不審者に命を預けるのもまた考えにくい話ではある。


(……考えても仕方ないか)


 春斗は彼女についての考察を諦めることにした。そもそもまた合流するつもりなのかも分からない、何とも微妙な別れ方をしてしまった。


 少しの間どうするか考えて、教会に行ってみようと周囲に目を向けた。


 ぽつぽつと点在する民家は石造りの簡素なものではあったが、田舎故の温かみを感じる。あの草原とは違い、ちらほらと畑や牧場が見えた。


 なるほど、田舎の農村らしい。ちらほらと見かける人々は春斗のような外の人間を気にしている様子はなかった。


 遠くに白い建物が見える。教会だろう、外に白い建物は見当たらない。広い道を歩いて行けば、村の人間はこちらに気づいて会釈をしてくれた。存外好意的だ、と意外に思った。


「こんにちは、異邦の方」


 そうして扉を開いた先にいた人間を警戒してしまったのは悪くないと思う、と春斗は後に言い訳することになる。


「どうかされましたか?」

「……いえ」


 明るい茶髪の、青い目の男性だった。長い髪は背中半ばあたりまで伸び、やはり白を基調とした神官服らしき衣服に身を包んでいる。


 にこにこと柔和な笑顔を浮かべた男性は、挙動不審な春斗の様子に首をかしげていた。


「教会って、ここで合っていますか」

「ええ、小さくはありますが、立派な教会ですよ。お祈りでしたら、奥へどうぞ。この時間帯は人が少ないので、どうぞゆっくりされていってください」


 奥にはガラス張りの窓があった。聖像の代わりにそこそこ大きな水晶玉がぽつんと置かれている。長椅子が規則正しく並べられた広間には、人が数人居るだけだった。


 神官に礼を言って中に入る。男性は会釈をすると、広間の端にある扉の中ヘと消えていった。本当に祈りを捧げに来ただけだと思われたのかどうかは定かではないにしろ、有り難い話ではある。


(……静かだ)


 適当な長椅子に腰をかけて、深いため息を吐いた。ぽつぽつとまばらに座る人は、ぼんやりと座っていたり、熱心に祈っていたりで新たな来訪者を気にする様子はない。


 ゆっくりと深呼吸をしてから、今までの記憶を掘り返す。


(気がついたら近くの草原にいて、熊もどきに襲われて、倒して……)


 それからあの自分と異様にそっくりな少女と落ち合った。


 そのまま流れで春乃とともにこの村に向かい、その途中夜を明かすために立ち寄ったキャンプでカナメと出会い、この村までたどり着いた。


 そして放り出されて今に至る。


(いや、いやいや。さすがに悪意のある解釈過ぎる)


 そもそも近くの集落まで案内してもらえているだけで御の字なのだ。たとえその真意が読めなくとも、それに恩義ぐらいは感じておくべきだろう。


 とはいえ、過ごした時間もたかだか丸一日過ぎたか過ぎないかくらいだ。なんとなく教会に来て回想したはいいが、回想する記憶がすくなさ過ぎた。


 出るか、と立ち上がる。さっきの神官に周辺の地理を尋ねてもいいかもしれない――そんなことを考えていれば、不意に、キイン、と耳鳴りがした。


「っ――」


 ぐらりと傾いた視界に慌てて長椅子の背をつかみ、なんとか長椅子に滑り込むようにして座った。


 気持ち悪い、と頭を押さえて眉間にしわを寄せる。ぐらんぐらんと頭が揺さぶられるような感覚と、酷い耳鳴りに表情も自然と険しくなった。


「……、……!」


 薄く目を開けた。高い声が聞こえた気がしたのだ。


「……――、――い」


 気のせいと片付けるにはタイミングがよすぎた。春斗はぐらぐらと揺れる感覚をこらえて頭を上げる。


「うっ!」

「うわーっ! ごめんなさーい!」


 視界が真っ白に染まり、頭痛と耳鳴りが最悪になったあたりで、高い声が不愉快に耳を貫通していった。

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