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一 異世界

 すごいねえ、と彼女は口にした。


「私の勘違いで、君はまだ私をだましているんじゃないかって疑ってしまうくらいだよ」

「そうか? ……さすがにあんないかにもやばそうなのは見たことないが、俺ぐらいのやつなんざそこら中にいるだろ」

「いないよ」

「……そうか?」


 いないんだよ。彼女は念押しをするようにもう一度言って、君が規格外なんだよ、と腹立たしそうに付け加えた。


「私はこっちに来たばかりの時、追いかけ回されてひどかったし」


 図体がでかいだけのあれにか、と一瞬思ったが、別にここに住み着いているものがあの図体の大きな生物だけというわけでもないか、と少年は頷いた。


 あの衝撃的すぎる出会いを果たしてからほんの数分後の会話である。彼女の方が衝撃から抜けるのは早かったらしく、やっぱり神託より予測の方が信頼できるな、と先に言葉をこぼした。


 ほぼ独り言のそれを拾って、ようやく少年も我に返る。見た目こそそっくりであったが、性格はさすがに違うらしい。少年は自分の性格が嫌いというわけではなかったが、別段好きなわけでもなかった。


「どうしよう、どうやって確認するか」


 彼女は眉間にしわを寄せてそうつぶやくと、何かひらめいたらしく、ぱっと顔を上げた。


「祖国の首都は?」

「は?」

「いいからいいから」


 唐突に何を聞くのだろう、と少年は訝しむように少女を見る。彼女は小さく口角を上げたまま、別に答えられない質問じゃないじゃん、とと言った。


 それはそうであるのだが、状況が状況だ。こういった些細な質問でも警戒してしまうのは少年の生業の性というやつだろう。


 とはいえ、と少女に目を向ける。自分を鏡に映して性別を反転させたらこんな見た目になるのだろうな、という容姿の人間に思わずため息が出る。


「……東京」


 渋々といった様子で少年が答えれば、少女はわかりやすくほっとした顔をした。


「よかった。私は春乃、つい三ヶ月くらい前にここに来た、異世界人だ」

「――」


 予想外だが完全に想定外という訳でもないワードに思わず固まってから、少年も口を開く。


「春斗だ」


 春斗か、と春乃が頷いた。見た目も似ていれば名前まで似ている。


「ややこしいな、これ」

「全くだ。それで?」


 春斗が続きを促せば、春乃はきょとんとした顔で首をかしげて見せた。


 だから、と呆れたような声を出しかけて慌てて引っ込める。さすがに失礼が過ぎる。あくまで春斗の方が春乃へ情報提供を依頼しようとしているのだから、ある程度態度は取り繕う必要があるだろう。


「その……なんだ。異世界人って、どういうことなんだ」


 薄々理解できるものはある。聞いたままに解釈すればいいのだろう。


 ただそれを「はいそうですか」と受け入れるには唐突すぎた。


 そんな心中を察したのか、春乃は苦笑いを浮かべて、とりあえず街まで行こうか、とどこかの方向を指さした。


 先ほどは呆然としていて気がつかなかったが、よく見れば地面の色が露出している場所がある。道がきちんと用意されているらしい。


「さ、いこうか」


 飾り気のない言葉が微風とともに揺れた。


 乾いた土の上を歩きながら、春乃は困ったように眉を寄せていた。


「本当に誰にも会わなかったんだ」

「ああ。気がついたらここに、って表現が一番適切だろうな」


 春乃曰く、こちらの世界にやってくる前に一応説明が入るらしい。誰から説明されるのかとか、そもそも異世界転移は任意なのかとか、そのほかにも色々と突っ込みたいところは腐るほどあるがいったん言葉は飲み込んだ。


「えー……どうなんだろう。そもそも異世界人なんて絶対数が少なすぎて統計とかとれないし」


 そんなほいほい異世界転移がなされていれば人口爆発とか起きなかったのだろうな、と春斗は苦笑した。


 春乃はうんうんうなってから、でも知らないものは仕方ないもんなあ、と思考を切り替えたようだった。


「先に要点だけ話して、細かいところは後からにするね。そっちの方が早いでしょ」


 そう前置きをしてから、春乃は理路整然とこちらの世界について話し始めた。


 いわゆるここが現代におけるハイ・ファンタジー世界、すなわち剣と魔法の世界だったこと。

 極度に文明の発達が遅い世界を維持するために、より文明の栄えた世界から人を招いていること。

 招かれる人は決まってもうじきその世界での寿命が尽きる人間であること。


「最後に、私たちはご迷惑をおかけしますって言うので、一応加護なるものを授かっているらしい。ははは、眉唾もいいとこじゃんね」

「ここまで話をしておいて最後にそれを言うか?」

「そう? 事実として前に並べられている分、まだそっちのが理解できるけど」


 しれっと春乃が言い放てば、それも一理なくはないんだが、と春斗は口ごもった。どうにも違和感がある。


 異世界転移、なんて荒唐無稽な話を信じるのであれば、迷惑料代わりの加護なるものも信じていいように思えた。どこに仕切りがあるのかさっぱり分からない、と春斗は嘆息する。


「それを言ったら春斗だって面白いよね」


 顔を上げれば、好奇心に満ちた灰色の目があった。


「私、ここに来て二ヶ月はかかったかな」


 指を二本立ててにやりと彼女が笑う。


「異世界転移とか、そんなのあり得るわけないじゃん?だまされて仮想現実か拡張現実の実験に参加させられたんじゃないかとか、それとも精神病にでもかかったのかとか、色々疑いまくったよね」


 なぜそこまで疑われているのか、と春斗は首をかしげた。そもそも春斗だって異世界転移なんて話はまだ信じ切れていない。


 春乃の話は確かにわかりやすかったが、それだけだ。分かりやすい話だから信じる、なんていえるほど春斗は単純でも馬鹿でもなかった。


「いやね、嫌なくらい冷静だから」

「……そう見えるだけだ」

「ふうん。じゃあそういうことにしておこう」


 春乃は意味ありげに言うと、街はもうちょっと歩くかな、と雑に話題をすり替えた。


「でも近くにキャンプがあったはずだから、そこで休憩してから行こうか」


 ああ、と頷く。とにもかくにも人が集まる場所に行かなければ話は進まないだろうな、と春斗は広大な草原をぼんやりと視界に収めていた。

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