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序 それはまるで鏡のようで

 ぱちくりと目を瞬かせた少女はゆっくりと首をかしげた。その仕草に敵意は見当たらない。見当たらないが、少年はつい警戒を解くことができずにいた。


 灰色の髪、灰色の目。平均よりも低い背丈に短い髪、年の割には幼い顔立ち。


「わ、私だ?」

「お、俺か?」


 思わず口をついた言葉ははからずとも同じものとなった。




 その少年は青い山すら見えないような広大な草原に佇んでいた。


 呆然と周囲を見渡して、それから派手にため息をつく。なぜ自分がこのようなところにいるのか、一つも見当がつかなかったからだ。


(さっきまで何をしていた? 昨日は? 一昨日は?)


 必死に記憶をたぐり寄せるも心当たりはさっぱりない。そもそも、訳の分からない場所にたどり着くきっかけ――例えばドアを開いたとか、あまり行かない路地に行ったとか、そういうことすら思い至らなかった。


 もう一度周囲を見渡す。広がる青い草原はそうそう見れる光景ではないだろう。所々に咲く小さな花が爽やかな空気を演出していた。


 状況が状況でなければ昼寝の一つでもしていたかもしれない。


「……」


 もちろん、視界に入る物騒な生物が居なければ、の話である。


 現実逃避に寝ることすら許しちゃくれねえ、と悪態をついた。


 見渡す限りの草原ということは、自分を隠してくれる遮蔽物など一つもないと言うことだ。少年は慣れた手つきで懐からペンのようなものを取り出した。


 ぐるぐるとうなり声が耳をかすめる。黒い皮膚にいかにも鋭そうな爪と牙。らんらんと輝く赤い双眼。少年の知る生物で言えば、熊を二倍ほど大きくして毛皮のないつるっとした表皮を持った生物、というべきだろうか。


「ガアアアアッ!」


 眉間にしわが寄る。するりと視線を滑らせれば、咆哮に引き寄せられたとおぼしき物騒な生物がこちらへ向かって駆け抜けてくる。


 もはや応戦しかあるまい。少年はそこそこ物騒な思考傾向にあった。


 手に持ったペン状の何かが一瞬揺らめくと、次の瞬間には棍として振るえるほどの長さと太さの武器となった。


 トン、と右足で地を蹴れば、年の割に小柄な身体は舞うように宙に浮く。的を失った物騒な生物どもが衝突したのを視界に納めて、空中で姿勢を整えた。


「フッ――!」


 鋭く息を吐き出して、棍の先端を下にして、急速に加速しながら落下する。


「ギャ……!」


 熊のような生物の眉間に棍が突き刺されば、最後の抵抗と言わんばかりに鋭い爪が少年へと伸ばされる。


 が、さすがにそこまでのろまではない、と棍をあっさりと引き抜いてするりとよけた。脳を貫かれた熊のような生物は汚い声を上げて地面に倒れる。美しい青色の原っぱが汚らしい血で汚れてしまうのを見て、少年は忌々しそうに舌打ちをならした。


 少年を格好の獲物と見なして近づいてきた生物はちりぢりとなって消えていく。どうやらあの熊もどきが一番強かったらしい、と少年は棍を再びペン状に戻して息を吐いた。


 代わりに、小さな影が駆け寄ってくるのが見える。敵か、そうではないのか、と判断に迷って武器はまだ手のひらに隠していた。


「そこの君ー! 無事……か……?」


 果たして近寄ってきた影は人間の姿をしていた。女性らしい高い声は急に勢いを失ってしまう。


 少女の表情は驚愕に彩られている。無理もない。少年もおそらく同じ顔をしている。


「わ、私だ?」


 口から漏れ出たは間抜けな発言だった。


「お、俺か?」


 しかしつられるように同じ内容をぽろりとこぼしてしまった。


 灰色の髪。灰色の目。童顔な顔と低い背丈。短く切られた髪と、毛束に逆らうように跳ねたアホ毛。


 何から何まで少年と少女の容姿の特徴は同じだった。偶然と片付けるにはあまりに不自然なくらいだ。


 それはまるで鏡のような光景で、しかしこんな草原にそんなものがあるはずもない。


 訳の分からない場所にいきなり放り出された少年は、更に訳の分からない状況に放り込まれ混乱するほかなかったのである。

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