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華風:西園寺 翠嵐【グレン視点】



「はぁ、勘弁してくれねぇかなぁ」



 何度目かのため息。

 すれ違う者達のほとんどが、得心がいったような顔で通り過ぎていくのはそれほど見慣れた光景だということだろうか。

 そう思うと、余計にため息を吐きたくなってきてしまう。



「……ほんと、人遣いが荒いにもほどがあるぜ」



 出立してしばらく。

 奥方様をその手に抱いた主がようやく戻ったと聞いて、からかいがてら様子を見に行ってみれば。

 そこには別人かと思うほどに笑顔を浮かべる主がいて、正直驚きで言葉を発せぬほどだった。


 そして、何も言わぬまま固まり続ける俺の姿を見たその人は、丁度いいと、そう発した後に、またもや厄介事を命じてきたのだ。

 要人警護。一言にしてみれば簡単で、されども、どれだけ想われているかを思えば、単騎で敵陣に突っ込めと言われた方がまだ気楽なほどのその役目を。



「適役なら、他にいくらでもいるだろうに」 



 こんな礼儀も知らぬ無法者、その上、性別も違う相手だ。

 この家の家格を考えれば、故郷で言う上級貴族に等しい。 

 俺の知らぬ者も含め、もっと相応しい臣下はいるだろう。


 それこそ、自慢の影の中には、幼いころから高度な教育を受けさせられ、護衛はもとより、礼儀作法から夜のことまで、ありとあらゆることを教えられる人材もいるはずだった。

 


「柄じゃねぇ…………柄じゃねぇが。まぁ、やるだけやってみるか」



 しかし、お前になら安心して任せられると、そう言われてしまえば――到底断ることなどできず。

 やるしかないと、そう諦める他なかった。


 


「…………あっちに任せるよりは、遥かにマシだろうしな」



 そして、目の前でこちらの行く手を阻もうと立ちはだかる人影。

 ただでさえ、大きな俺の背丈を、さらに頭一つ分デカくしたような相手が廊下を塞いでいるのが見え、再びため息をつく。



「待たれよ」



 面倒くさいことは御免だと、素知らぬ顔で横を通り抜けようとすると、首根っこを掴まれ引き止められてしまった。


(……ちっ、相変わらず、とんでもねぇ力だ)


 魔術……こっちでいう術式無しを使わぬ状態でも、大木をへし折れるような相手だ。

 どうせ、逃げたところで、追いかけ回されるのがオチだろうと諦め向き直る。



「…………どうしたんで?旦那なら、自室の方にいやしたけど」

  

「そちらも後で行く。しかし、今は其方そなたの方だ」


「あー、また何か、気に障ることでも?」


「いや……まぁ、言いたいことはあるが…………今日は違うことだ」

 


 常々、言われ続けているお小言はどうやら今日はなしでいいらしい。

 だが、今日に限ってはそちらの方が良かった気もする。

 どちらにしろ、面倒なことには変わりはないのだが。



「…………じゃあ、何でしょう?」


「聞いたぞ。何やら、奥方様の警護を任じられたとか」

 


 一縷の望みをかけて、しらを切ってみるが、裏切られる。

 別に内密の話でもなかったことから当然ではあるのだが、どうやらこの侍大将様も、その話を嗅ぎつけてしまったらしい。



「……そうですが、何か?」


「いや、なぜそれがしでは無いのかと思ってな。どうせなら、同性の方が都合がよくないだろうか?」



 短く切りそろえられた深い緑色の髪。

 二メルト――六尺を優に超える背丈。

 更には、中世的で判断のつきかねる声と顔だ。


 俺もそう思っていたように、男と間違われてもおかしくないこの人は、確かに女性で、しかも、その出自故に教養の方も申し分ない。

 しかし、直情的で、勘違いの多いその性格からして、未だ不安定な奥方様を任せるには足りぬと判断したのだろう。

 腕の立つもう一人は論外なので、結局任されたのは俺となった。

 


「…………特定の役職のない俺とは違って、あんたは侍大将ですよ?旦那もそのことを気にされたんでしょう」


 

 あれだけ、怒り狂ってた者に任せられるとでも?

 その言葉をぐっとこらえられた自分に賞賛を送りたい気持ちになる。

 異性としての思慕ではないらしいが、この侍大将様は、心酔といっていいほどに忠義が厚い。

 故に、悪評極まりない忌み子を迎え入れると、そう話があった後は、いつにも増して手が付けられなかった。

 それこそ、副将殿が毎日のように胃が痛いとぼやいてたくらいだ。

 俺が直接知らないところでも騒動を起こしていたのだろう。



「それなら、其方そなたがそちらをしてもいい。部下達も信頼しているし、指揮官としても優秀だと聞いたぞ?」



 ただ、悪い人でもないのだ。

 常識がなく、その方向性がぶっ飛んだ方向に行きがちとはいえ、根本の部分は真面目。

 それこそ、面倒見がよく部下にかなり慕われているのもその性格のおかげだろう。



「一応は、できますが……さすがに、侍大将殿ほどじゃありませんよ。というか、それ以上なんて、そうはおらんでしょう」


「そうか?まぁ、御館様以外には負ける気はしないが」


「でしょうね。だから、俺がこっちをやります」

 


 獣染みた嗅覚とでもいうのだろうか。この人が並外れた戦上手なのは確かだ。

 その能力は人の気持ちを察することには使えないのかと常々思ってはいるが。 



「……しかしな。いや、そうだな。時間の空いた時に様子を伺いにいけば済む話か」


「は?」


「よし、決まりだ。ではっ!」


「あ、ちょっ…………行っちまった」


 

 そう言って、声が届く間に、というほどの速さで去って行く相手。

 なぜ、そちらからと、屋根を飛び越えながら。

 


「…………あれでも、一応は良家の姫様なんだろ?ったく。なんで、こんなやつばっかりなんだ、うちは」

 


 異色な臣下の中にあっても異色な侍大将。名は翠嵐すいらん

 子飼いの兵力すら要する彼女は、どうやら南雲に比する名門の一つ、しかも、どちらかといえば敵対関係にある西園寺家の三女らしい。

 


「あー、疲れた。もう、今日は飲む!飲みまくるっ!」



 お侍衆――武を司る三羽烏の中では、異国出身の俺が一番まとも、そう家老達に言われてしまうのは、きっと主が変わり者だからだろう。

 俺は、半分やけくそ気味にそう結論付けると、夜街に向けて歩き出した。






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