等身大の俺達を④【灯視点】
有象無象を力づくで追い払った後に訪れた、一応は弟であるらしい男との二人きりの面会。
なるほど確かに、目元が似ているとは思いつつも、そのすぐ下に綺麗に刻まれた紅葉模様にさすがに笑いを堪えることができなくなる。
「ふ、くっ…………あは、ははははっ。手ひどくやられたものね、南雲の次期ご当主様?」
そのしかめっ面が落ち込んだように見えるのは恐らく勘違いではないだろう。
むしろ、そうでなくてはならない。
炭玲の守り人になり得る、ただその一点だけがこの男の価値に等しいのだから。
「………………あの娘は?」
「外に行かせたわ。少し、落ち着かせた方が良さそうだったしね」
「………………そうか」
南雲本家の者に、思わず手をあげる。
やがて、顔面を蒼白にさせ土下座をし始めた炭玲は、混乱しているのか素っ頓狂なことばかりしていて、盗み見ているというのに笑い声をあげてしまいそうになった。
(…………灯様は、あずかり知らぬこと、か。他に、言うべきことはいくらでもあるでしょうに)
今にも首を刎ねようと刀を抜いた護衛達。
それはすぐさま主の声で制されたとはいえ、炭玲の顔は死を覚悟した者のそれだった。
それこそ、本人の置かれた立場、加えて分家と本家の間にある絶対的な身分差、それを知っているものならば皆同様のことを考えるに違いない。
「……………………困った子よね、ほんと」
人の本性というのは、追い詰められてこそ出る。
味方を装っていた世話役達が、ほんの少し脅かしただけですぐに秘密をペラペラと喋り始めたように。
いや、今更過ぎることだろうか。
既に、炭玲は幾度も命の狭間を彷徨っているというのに、私に笑いかけてくるのだから。
「…………よほど、可愛がっているのだな」
「そうね。私にとっては、貴方より遥かにずっと大事な存在よ」
「…………ならば、何故だ」
「…………どういう意味かしら?」
「……わかっているのだろう? あの娘が、ここでは長くは生きられぬと」
「っ!………………ふぅ、愚問よね。だからこそ今、貴方はここにいられているというのに」
見たくもない現実を、再び突き付けられて荒ぶった心。
しかし、それが無意味なことであるとわかっているからこそ、手をグッと握りしめて冷静さを無理やり引き戻す。
何度も何度も、自分で自分に諭したことだ。
もはや、共にい続けることはできぬことなのだと。
「…………………………なるほど。今の言葉で、得心がいった」
「…………今ので、何が分かったと?」
勝手に訳知り顔をする相手に、殺意をぶつけて牽制をする。
これだけ悩んだ末に決めたことを、下らないこと妄想で台無しにするのであれば終わりだと、そう思わせるように。
「…………以前と大きく変わったとはいえ、今のお前と会っても違和感を拭えなかった。何故、俺と会う気になったのかと。挙句の果てには、言葉すら交わそうと思ったのかと」
「………………………………」
「…………そして、考えていた。今まで、父を含め誰にも取り合おうとしてこなかったお前が、俺にどんな価値をつけたのか」
「……………………それで?」
「探しているのだろう? 代わりに、あの娘を守れる者を」
余計な一言をつい、付け加えてしまったとはいえ、これ以上無いほど確信に迫るその推論に、内心舌を巻く。
しかし、それは決して悪いことではない。
それはつまり、それだけ炭玲の幸福に繋がる可能性があるということなのだから。
「……………………………………随分、敏いのね。褒めてあげるわ」
「……どう、なのだろうな。あの娘には、つい、感情的な言葉を向けてしまった」
「ふ、ふふっ。そういえば、そうだったわね。貴方なら、もっと上手い言い方ができたでしょうに」
「………………そうだな。自分でも、何故ああなったのか頭を悩ませているところだ」
先ほどまでの切れ者を思わせるものとは違う、まるで叱られるのを待つ幼子のような姿に、つい笑いが漏れていく。
確かに、先ほど盗み見ていた会話はお粗末すぎた。
きっと、怯えて目すら合わせようとしない炭玲に、意固地になってしまったのだろう。
とはいえ、そこまで冷静さを欠いていたからこそ、会ってみようという気になったのが何とも難しいところだが。
『名は、なんという?』
『……………………炭玲、です』
『良い名だな』
『………………………………』
『何か、不便はないか?』
『………………………………』
『……体は、辛くないのか?』
『………………………………』
『…………辛いのだろう? であるならば、お前はやはりここにいるべきではない』
『っ………………………………』
『ここにいれば、間違いなくお前は死に近づく。恐らく、想像を絶する苦しみとともに』
『………………………………』
『まだ、間に合う。もし、他に居場所がないというのなら、俺が用意しよう』
『………………………………』
『…………きっと、お前は知らぬだけだ。ここ以外の場所を』
『………………………………』
『…………なぜ、わからない。灯の側にいれば、お前は不幸に――』
『灯様のことを、悪く言わないでっ!』
『…………………………………………』
『何もっ! 何も、私達のことを知らないくせにっ!!』
たった、それだけの会話。
もしかしたら、私でもどうしようもないほど頑固者である炭玲を、この男は見誤っていたのかもしれない。
普段のあの子は小動物みたいなか弱そうな雰囲気を醸し出しているから。
そして、暖簾に腕押し、会話にすらならぬ状況に焦れていき、やがて踏んではいけない一線を踏み越えてしまった。
それも、考えられる中でも悪い形で。
「…………あんなことを、言うつもりはなかった」
そこにあったのは、嫉妬か、寂しさか。
しかし、ただでさえ好意という感情を捉えづらい炭玲がそれを察せたとはとても思えず、誤解を招いたことは確実だろう。
「でしょうね。炭玲と同じように、貴方も顔を真っ青にしていたように見えたもの」
「…………取り付く島もないというのは、このことだと思わされた」
「あはっ。まぁ、あの子は元々人と接することに恐怖心があるのよ。警戒した護衛をぞろぞろ連れて、仲良くお話というのはとても無理でしょうね」
「…………なかなかどうして、うまくはいかぬものだな」
今気づいたとでもいうような間抜けな顔。
というより、何故気づけなかったたのかと、呆然としているという方が正しいだろうか。
(滑稽ね…………でも、その余裕のなさが、貴方の可能性を繋いだ)
私の宝物を預けるのなら、それ相応の必死さを見せてくれなくてはならない。
その点でいえば、及第点をあげてもいいのかも、と意気消沈した姿を見て思う。
(…………とはいえ、まだ力は足りないようだけど)
不出来な弟に多少の手解きをしたほうがいいかもしれない。
私は、現当主への牽制の仕方とともに、ふとそんなことを考え始めるのだった。




