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等身大の俺達を②【焔視点】

 

 致命的な異変。

 されども、それをあからさまに調べてしまえば周囲のいらぬ疑惑や関心を生むことは明白で、慎重に事を進める必要がある。

 特に、父が灯と俺の接近を好ましく思うことはあり得ず、実力が届いたとはいえ指先程度でしかない今は、焦れるほどゆっくりとしか動けないというのが実情だった。


(…………忌み子、か。だが、二年以上も側に置いた理由はそれだけではないだろう)


 そもそも、灯の屋敷に出入りする者は、いや、許された者などおらず、噂話が関の山。

 正直、一番有用な情報が、その者が日の出とともにというほどの早朝に外に出ているらしいということ程度だった。


(仕方あるまい。その時間なら、多少ごまかしはできる)


 父や他の後継者候補の息がかかっている者達が、ある意味監視役としていることがほとんどであるとはいえ、さすがに無断で寝所までは入ってこない。

 日の出から朝餉までの僅かな時間であれば直接動くことは不可能ではなかった。


(手駒が欲しい所ではあるが……いや、無用の長物か)


 父と灯のことを除けば、自分がやってできぬことなど今まで一つもなかった。

 面倒はあれど、確実で、速い。

 むしろ、他人を信じて裏切られる危険を犯すくらいならば、一人で何もかもをした方がいいと思っている。


(どうせいつかは、ここを去り一人で生きていく身の上だ。多少の不便には目を瞑ろう)


 毒の入った食事に、ならず者に扮した刺客達。

 教育係と呼ぶ者の言葉や態度にも紛れている嘘と欺瞞。

 誰も彼もが自分を守るために他者を貶め、血を分けた家族ですら信じられぬ。

 それこそ、唯一温かさを感じられるのが既に亡き母の記憶だけというのは滑稽にしか感じられなかった。

 


「………………くっ、くく。人も怪異も、生きていない者だけが善いものということか?」



 つい漏れ出ていった淀んだ笑い声。

 無表情の下に隠した暗い炎は、どうやら前よりも強く燃え盛り始めているようだった。












◆◆◆◆◆








 

 しばらくが経った頃。

 騒動の種火になるようであれば排除しようと思いながら探り始めたかの者の動向は、しかし、理解できぬ珍妙なものが多すぎて、よくわからないというのが本音だった。



「…………なにをしているのだろうな。本当に」



 およそまともとは思えない未知の植物を片っ端から口に入れては、何やら選別して籠に入れていく姿からは怪しさしか感じられない。

 しかも、明らかに食用に適したものや貴重で高価なものも無視されるところを見るに、そういった理由から来る行動でもないらしい。



「まぁ、化け物じみた耐性があるのはわかったが」



 未知の植物群の中で、自分も知っていた猛毒の類の野草。

 術者でも含んだ量によっては死に至るそれを、躊躇なく丸ごと口に入れた時はどうなるものかと思っていたが、日が経っても何もないところを見ると全く影響はなかったらしい。

 


「………………………………しかし、表情のよく変わることだ」



 草木を食し、毎日土や泥まみれ、場合によっては傷だらけになりながら走り回る姿は獣のようにしか思えない。

 だが、その合間に浮かべる表情はこの地にいる誰よりも人間らしく、一種の眩しさすら感じてしまうほどだった。


(……………………灯が側に置くのは、これが理由なのだろうか)


 見上げるような大木を見つけた時の感心混じりの驚いた顔。

 夢中で上がっていった崖の下をふと見た時の泣きそうな怯え顔。

 落ち込んだ姿を浮かべて戻ったかと思えば、翌朝には嬉しそうな笑顔でまた飛び出していく。 

 

 どうやら、主従の関係は俺が思っていた以上に対等に近いもののようで、極稀に姿を見せる灯の顔は、かつて見たものとは別人のように柔らかいものになっているのもわかった。

 

(……………………今の灯ならば、と思ってしまう自分が恐ろしい所だな)


 初め、可能性が高いと思っていた灯に無理強いされての行動ではない。

 むしろ、心配そうにその背中を見送る雰囲気すらあり、あの忌み子が自発的に行っていることは明白だった。



「……仕方がない、か。もしかしたら、そう自分に言い聞かせているだけなのかもしれんが」



 繰り返される行動の真意がどこにあるものかは確信が持てない。

 むしろ、常ならざる異様な行動に、声の聞こえぬ距離からの観察ではそれ以上はわかりようがなかった。

 故に、知りたいと思うのならば俺はもう一歩危険を犯さねばいけないのだろう。

 それが、たとえ期待交じりの欲求から来るものなのだとしても。



「…………………………直接話さねばならぬな。あの娘と」



 今自分は、長年水面下で進めてきた慎重な積み重ねを全て無に帰すようなことをしでかそうとしている。

 少なくとも、父が警戒をこれ以上にないほど高めることは明らかで、最悪の場合は灯の尾を踏む可能性すらあるだろう。

 しかし、それでも俺は知りたいと思ってしまった。

 あの娘が何を考えて、このようなことをしているのか。

 そして、願わくば言って欲しいのだ。

 俺が人を信じられるようになる、そんな言葉を。



「ふっ。あのような野生児に、何を期待しているのか」



 そう言って、天を仰ぎながら呟いた独り言。

 それは、らしくない行動をしでかそうとしている自分に相応しい、らしくない愉快気な、そんな声色だった。



 



遅くなり申し訳ありません。

忙しさが和らぎましたので、ぼちぼち更新して行こうかと思います。

一応、回想シーンはあと1〜2話程度かな~とは思っていますが。

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