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等身大の俺達を①【焔視点】


 しばし会話が止まり、静かに時間が過ぎ去っていく二人だけの室内。

 しかし、そこに負の感情は微塵もなく、幼少の頃より身に沁みついた無表情も思わず和らいでしまうほどだった。



「ふっ……茶菓子が気になるのだろう?遠慮するな」


「す、すいません。つい」



 いろいろな方向へ向いてしまおうとする視線に気づき、頭を振って意識を戻す。

 何度か繰り返されるその光景からは、わかりやすい心の内が見てとれて、愉快な気分にさせられる。

 それこそ、これほどあからさまに興味を向けてくれるとなれば、手間をかけさせた甲斐があるというものだった。



「どれが好みだ?」


「い、いえ。先に焔様からで大丈夫です」


「よい。お前のために集めさせたものだ」


「っ………………なら、これを」



 真っ赤に染まっていく顔は、始めて会った時の怒りから来るものでは無い。

 それが、ようやくここに来たのだという感慨深さと、自身の想っていた相手が昔の記憶で美化されたものではないという嬉しさに繋がり、余計に楽しい気分にさせられてしまった。



「くっ……くく。はははっ」


「えっ!?どうしたんですか?」


「ふっ、すまぬ。ただ…………お前の顔と、その赤い菓子がつい重なって見えてしまってな」


「?…………っ!」



 照れと嬉しさからか、赤く染まった顔と同じような色合いの茶菓子。

 一瞬不思議そうに首を傾げていた炭玲も、どうやらその意味を理解したらしい。

 手のひらで隠すようにして顔を抑えるも、またもや耳だけがはみ出てしまっていた。



「く、ははっ…………やはり、ここにお前を連れてきてよかった」


「………………うぅ」


 

 声すら出せないとでも言うような恥ずかし気な声色に、再び笑いがこみ上げてくるのを何とか抑える。

 元々、内気な気質の炭玲にとっては、これ以上はさすがに気の毒だろうと思って。


(……つい、気持ちが緩んでしまうな)


 きっと、灯もこうだったのだろう。

 血の繋がり以外に共通点など無かったような俺達が、多少なりとも分かり合えるきっかけになったくらいなのだから。



「………………まぁ、ちょうどいい。落ち着くまで、昔話をするとしようか」



 そして、俺は遠い記憶を手繰り寄せるようにしてゆっくりと言葉を紡いでいった。

 かつての俺、かつての灯。

 等身大の俺達のことが、きちんと炭玲に伝わるように。












◆◆◆◆◆












 後継者候補と呼ばれていた数人の異母兄弟姉妹と、その周りに侍る取り巻き達。

 同じような境遇の中でも、やはり世界は不平等で、そして、自分達の父親もそれを煽り立てることはあれど、止めることは一度もない。


(…………下らんな)


 取り巻きの数は、それぞれの母親――南雲本家当主の外戚にならんとする家々の立ち位置の縮図。

 あからさまなほどの権力争いは、己の目には醜いものとしか映ることはあり得なかった。



「焔様。いかがされました?」


「……なんでもない」


「左様ですか」


 

 だか、周りから見れば自分もさしたる違いはないのだろう。

 いや、もしかしたら最も道化らしい場所に立っていると言っても過言ではないのかもしれない。

 その張り付けた、あるいは媚びるような笑みを浮かべる者達に、取り囲まれていることを思えば。


(……………………父や他の後継者候補の手の者ばかり、か。まぁ、そうなるだろうな)


 朧げな記憶の中にだけいる母は、気まぐれに攫われてきた異郷の女性だと聞かされている。

 故に、頼るべき縁も、支えようとする者もおらず、自分と姉はいないもの同然としてこの家では扱われてきた。

 自身以外を羽虫程度にしか考えていない姉に、ちょっかいを出そうとした愚か者が現れる、その時までは。


(…………本当に、面倒なことをしてくれる)


 文字通り塵芥になってしまった愚か者も、異端と呼ぶに相応しい力を周囲に知らしめた姉も。

 そのせいで、こちらにまで注目が向き、父に気づかれぬよう力を蓄えることができなくなってしまったのだから。 

 


「そういえば、灯様はご健勝で?最近は、以前にも増してお姿をお見掛けしておりませんが」


「……どうだろうな」


「まぁ、あの方であれば、その身を蝕む呪いすら力に変えてしまうかもしれませんが」


 

 周囲で響く笑い声には、恐怖を振り払おうとするような気配が僅かに見てとれる。

 確かに、話しかけようとしただけで四肢が吹き飛ばされる者がいたことを思えば、身を守る術を持たない者達が怯えるのも理解ができないことではない。

 それに、俺ですら未だ底が見えないと感じている父が、唯一機嫌を窺っているということがそれに拍車をかけているのは明らかだった。



「…………気になるならば、お前の故郷の特産物でも送ってやるとよい。確か、清雲苔せいうんごけだったか?すり潰せば良薬になるのだろう?」


「……そうですな。手配しておきましょう」



 有りもしない特産物を否定もせず、かといって聞き返しもせず、頷きながら浮かべられる温かい笑み。

 しかし、執拗なほどに注意を向けていなければ気づかぬほどの一瞬だけ固まったその表情に、こちらの心は逆に冷えを強くしていく。


(……偽りの出自、偽りの表情、偽りの言葉。よくやるものだ)


 誰の手の者か、既にこちらには筒抜けだというのに。

 それこそ、今目の前で演じているようなまともな者であれば、こんな場所には近づかぬし、いたとしてもすぐに淘汰されてしまう。

 ここはずっとそういう場所で、だからこそ、自由になるために力が欲しいと思ってきた。

 少なくとも父と姉、その二人からは距離を取りたいと願いながら。











◆◆◆◆◆




 






 そのまま、ゆっくりと時が過ぎ、己の力が父にも届くようになったと自信をつけ始めた頃。

 叛意を気づかれぬよう演じ続ける毎日の中で、ふと些細な、それでいて、無視することのできない変化が起きていることに気づいた。


(……待て。最後に替わったのはいつだ?)


 その呪いに触れ、勘気に触れ、一月と持つ者すらいなかったはずの灯の世話役。

 あまりにも頻度高く入ってくる情報に、定期的な報告のみでいいと命じたことで、危うく見過ごしかけていた事実に珍しく焦りを抱く。


(……………………この地を去ったわけでもないようだが)


 強すぎるほどに感じる存在感に、未だ健在であることはすぐに分かる。

 しかし、それなら余計に不自然だ。

 それに、その関心が万が一にも自分に向かないようにするため、まるで生贄のように誰かを送り続ける父が今さらその愚行を止めたとも思えなかった。


(……一度、直接見に行く必要があるか)


 たとえ、あまり関わり合いになりたくない相手だとはいえ、放っておくことはできない。

 まず情報を集め、この目で確かめる。

 何が起きているのか、そして、それがそのままにしておいてよいことなのかを。



 


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