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昔も、今も。これからも【焔視点】


 炭玲に灯のことを話すにはここがいいだろうかと指定した、竹林の中に佇む小さな屋敷。

 先代を排したことをあえて内外に知らしめるため、少々改めたのみでそのまま使っている奥御殿から離れたここは、記憶にはないものの俺と灯が生まれた場所らしかった。


(……先代の遺物、か)


 間隔をおいて、ポツリポツリと存在する似たような屋敷の基礎跡。

 かつて、顔すらも知らない多くの異母兄弟姉妹達がそこにはいて、しかし、今生き残っているものはほとんどいない。


(真に強き者だけが、南雲。もう少し、やりようがあったろうに)

 

 洗脳に近い教育の元、俺が後継に決まるまでに選別された者と、その後愚かな先代に付き従い先の戦で散った者。

 結局俺がどう変わろうとも関係はなくて、彼ら彼女らの運命はそのままただ進んでいった。



「失礼します。奥方様がおいでになられたそうです」


「わかった…………終わるまで、火急のもの以外は決して持ち込むな」


「御意」



 ただ、それでも変わったことは確かにあって。

 そのきっかけは、炭玲だった。 


(…………最初は、灯。そして、それを通して俺も)


 自分以外はどうでもいい。

 死のうが、苦しもうが、何か関係があるのかと、そう言っていた姉。

 

 自分以外は信じられない。

 先代の息のかかった者達に囲まれ、一人で抱え込み、疑心暗鬼になっていた自分。

  

(……今思えば、母上に似ているのかもしれんな)


 最後に会ったであろう時が、まだ物心すらもついていない頃であるが故に、曖昧で、本当にそうだったのかもわからないものではあるが。

 自分を産んでくれた母は、いつも床に臥せっていて、儚げなという喩えがとても似合う人だったような覚えがある。

 しかし、その弱々しいほどの姿の中には、見返りを求めない強いひたむきな愛情があって。

 あの灯ですら、母の死後もこの屋敷をどことなく気にかけていた節があった。



「……………………ふっ。らしくないことだ」



 感傷に浸ることも、昔を懐かしく思うことも。

 それに、今目の前にある手当たり次第に集めさせた、色とりどりの茶菓子も。

 質素倹約を是とする俺にはらしからぬ金の使いように、金庫番の者が苦笑するわけだと今更ながらに思わされる。



「……まぁ、それでもよいか」


 

 花の蕾が開くような、あの可愛らしい笑顔に比べれば。

 そんなことはどうだっていい。



「……これからは、少しでもこちらに向けて貰うとしよう」


 

 かつて、近づこうとする度に怖がって逃げられてしまった時とは違うのだ。

 たとえ、聞こえてくる足音が緊張したような、硬い音を宿していたとしても。

 今の炭玲は、自分からここに来たいと思ってくれている。



「し、し、失礼しますっ」


「くっ、くく。肩の力を抜け。それでは、疲れてしまうだろう?」


「あ、や、その…………二人だけは、えと……まだ、慣れてなくて」



 赤く染まった頬に、せわしなく動き回る瞳。  

 以前、一度だけ顔を合わせたことのある篠崎家の次女の時には抱かなかった温かい感情が、やはり外見から来るものではないことを実感させてくれる。



「……ゆっくりでいい。これから、時間はいくらでもあるのだから」


「あ、ありがとうございます。頑張ります」



 その一生懸命な様子と、誰にでも丁寧な態度に、最初は向けられていた城中の疑心の目が和らぎつつあるのは知っている。

 それこそ、あえてそういった礼を失した行動も見過ごし、炭玲自身を見て判断できるようにさせてきたので予想通りというのが実のところだった。


(……恐らく、翠嵐の影響が大きいのだろうが)


 力を是とする価値観の強い南雲において、女性であり、かつ、俺を除けば最強の武士もののふである翠嵐は、男女共から憧れに似た強い信望を得ている。

 加えて、海千山千で知られる有能な外交担当でさえも時折舌を巻かされるあの類まれな直感だ。

 納得のいかない顔をしていた重臣達も、好意的な方向で見守る姿勢を取りつつあった。



「……お前は、十分努力している」


「…………そう、でしょうか?」 



 昔も、今も。これからも、必ず。

 頑張り過ぎるくらいに頑張ってしまう。

 その小さく、細い身が壊れてしまうのではというほどに。


(……きっと、それが俺達にとって)


 朧気な記憶の中の母以外、誰にも心を開くことのなかった俺達にとって、不可解なほどに献身的な行動であるが故に。

 眩しいと、守りたいと、そう思ったのだろう。



「……ああ。あまり力を入れられると、少々こちらも準備が間に合わぬしな」


「え?それは、どういう――」 


  

 そして、今は。

 日々柔らかくなる表情に、時折響く楽し気な笑い声に、自身の心がこれ以上無いほど浮ついてきているのを自覚し始めている。

 


「その着物も、とてもよく似合っている」

 

 

 女で身を亡ぼす者達を愚かと断ずることは、もうできないのかもしれない。

 望むなら、全てを与えたいと、そう思ってしまう俺には、もう。



「…………あ、ありがとう……ございます」



 くすんだ灰色の髪に、赤とも呼べない茶色の瞳。

 南雲の一族に相応しくないと言われてしまうようなその姿は。

 それでもやはり、何度見ても、見惚れるくらいに美しく、可愛らしく俺には思えるのだった。





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