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その喧騒に包まれて


 カグヤ様と出会って早二日。

 慌ただしく出立の挨拶をしに来た翠嵐様は、何やら大きな仕事を任せられているようで、未だ戻って来ていない。

 状況を知っていそうなグレン様に聞いても、それとなくはぐらかされてしまったので、恐らくあまりおおやけにはできない大事な仕事だったのだろう。

 


「………………ふぁあ。今日も、薬草栽培ですか。ほんと、働き者ですね」


「ごめんなさい。私の暇つぶしに毎朝付き合わせてしまって」



 そして、そのままあちらでとは言われたつつも、翠嵐様がいないのであればと戻ってきた灯様のお屋敷。

 元々懸念されていた警備の問題は、カグヤ様のおかげで完全に解決されたようで、とても有難かった。



「いえ、なかなか楽しんでるので気にしないでください」


「そうですか?」


「ええ。正直、奥方様が説明してくれるのは、俺が知らないものばかりです。というより、故郷の学士様達より博識ですよ、きっと」


「あは、はは。私のは、ちょっと事情が特殊ですからね」



 そもそも、体の頑丈さの度合いが違い過ぎる術者の方々には、薬草なんてものは無用の長物であるはずなのだ。

 だから、その学士様達もどちらかといえば趣味の域。

 私のように、切羽詰まった状況で、手当たり次第に試していたのとは明らかに違う。


(…………あの頃は、灯様の症状を和らげるものを、片っ端から探して回っていたっけ)


 その方面に関してだけは優秀なこの体は、猛毒と呼ばれるものでも僅かに刺激を感じる程度で済むことに加え、集中すればそれがどう体に影響を与えるものなのかを朧気ながらに感じ取ることができる。

 そして、摘んでは口に含むを繰り返しながら、それらを選別していき、毎日頭の中に叩きこんでいった。 

 

 

「……………………危ない目にあったことはないので?」


「例の祠にあるものは、いくつか。それ以外は、ちょっと体調を崩す程度が関の山だったような気がします」



 正直なところ、死にかけたことは数度ある。

 でも、あれは必要なことだったのだと、今ならわかる。


(……そうでなければ、灯様のお側に居続けることはできなかったはず)

 

 死にかける度に、思ったのだ。なんとなく、体が軽いなと。

 恐らくそれは、日に日に強まる呪いに対し、それを越えるほどに体の耐性がついていたということなのだろう。

 

(……最後には、灯様も呆れていたっけ)


 たとえ、四肢を切り落とされたとしても、続けると。

 治る可能性が、一緒に居られる時が長引く可能性が、少しでもあるのなら続けると。

 珍しく言い合いをしたのは、今でも全部記憶に刻まれている。 

 


「ほんと、愚か者ですよね。灯様には、何度もそう言われました」


「…………そう、ですか」


「だけど……救いようがないのはわかっていますけど…………それでも嬉しかったんです。神様も鼻で笑うようなあの方が、いつも私のために泣いてくれたので」



 ほとんどのものを些事だと、興味を向けることもなかった灯様。

 だからこそ、震えながら流してくれた涙は掛け替えのないもので。

 私も失いたくないと、余計に思った。

 


「ふふっ、知ってますか?灯様は、私に会うまで怖いものが一つもなかったみたいなんです」



 あの頃、何もかもが怖かった私とは違う。

 弱くて、見すぼらしくて、譲れないものの一つすらなかった私とは違う。

 強く、気高く、美しい。そんな、理想の、強いお姫様。

  


「ほんと、すごい方ですよね」


「…………あの旦那の姉君様です。きっと、俺が思う以上に、すごいんでしょうね」


「ええ。そう、なんです」


 

 ふと見上げると、燦燦と輝く太陽が視界に映る。

 時が経っても変わらない、灯様の好きだったそれは、当然手を伸ばしても届く気配すらなくて。

 もう私の中には手に入らないと伝えてくるようだった。



「……今日は、ダメですね。いつもより、ちょっぴり寂しさを感じます」



 それはたぶん。 

 私の知らない灯様のことを話してくれると、焔様が言ってくれたからだろう。



「………………なら、旦那に甘えて下さい。あの人も、それを受け入れてくれます」


「そう、ですね。寂しいばかりじゃ、ないんですもんね」


「そうですよ。うるさいやつらも、周りにいるでしょう?」


「ふふっ。ありがとうございます」

 


 未だ、寝ているカグヤ様がいる屋敷の方を指さしながら伝えられたその言葉に、つい笑い声が漏れる。

 確かに、起きたらまた、昨日みたいに賑やかなひと時を過ごすことになるのだろう。



「しかし……カグヤ様は寝ているくらいの方が丁度いいんじゃないですかね?いるだけで、周辺の作物がよく育つんでしょう?」


「そうみたいです。ほら、これなんて、もう芽が出始めてます」



 呪いを始め、害となるものを吸い取り、大地に力を与える。

 影響を与える範囲はごく狭い範囲ではあるらしいが、それでも、普通では考えられないほどに早く薬草たちは育ち始めている。



「まっ、ある種の土地神みたいな伝承もあるくらいですしね。便利なもんだ、こりゃ」


「ふふっ。あの祠から採ったものが育てられるのも、カグヤ様がいるおかげです」



 灯様の体の症状を和らげるのに重宝したような、効能のとりわけ高いものは、以前はここでは育てられなかった。

 でも、今は植えても萎れず、むしろさらに元気になってきている。

  


「…………ほんと、ずっと寝てればいいのに」


「そんなこと聞かれたら、また喧嘩になっちゃいますよ?」


「いいんですよ、別に。どうせ、寝れば忘れるんですから」



 食べて、寝てを繰り返すカグヤ様は全体で見ると、それほど長い時間を起きているわけではない。

 それこそ、今はお日様の下でも動けるようになったからか、お腹が減ったら起きるということにしているらしかった。



「とりあえず、旦那との話は昼飯の後にしてありますし、邪魔しないよう見張っときますよ」


「ふふっ。ありがとうございます」


「いえ、お気になさらず。これは、南雲家の最重要案件みたいなもんですからね」



 実は、特別報酬も出るんですと、こっそり教えてくれたその言葉に笑いがこみ上げる。

 そして、それだけ焔様が大事に思ってくれているということへの感謝も。


(…………寂しさは、前より感じなくてすみそうです)


 丁度よく、屋敷の方から聞こえてきたお腹の鳴る音。

 私は、騒がしくなる周囲の音に身を委ねつつ、もう一度、輝く太陽を見上げるのだった。

 

 



  




 

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